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8
数日後。
阿部の部屋。
棚の上に。
小さな写真立てが一つ増えていた。
康二に撮ってもらった写真。
カフェで笑っている自分。
何度見ても。
少し不思議だった。
でも。
今はもう。
嫌な感じはしない。
むしろ。
見るたびに。
少しだけ嬉しくなる。
ピンポーン。
インターホンが鳴る。
阿部は。
今度こそちゃんとドアホンを見る。
映っているのは。
目黒。
阿部は笑って。
玄関へ向かった。
「はい」
ドアを開ける。
「確認した?」
目黒が最初に言う。
「したよ」
「えらい」
「まだそれ言う?」
「最初何も見ないで開けたから」
「もうしないって」
目黒は笑いながら。
阿部の部屋に入った。
今日は。
料理を持ってきたわけではない。
近所で買ったというお菓子を。
小さな袋に入れて持ってきていた。
「これ、一緒に食べようと思って」
「ありがとう」
阿部は受け取る。
「コーヒー淹れるね」
「うん」
目黒がいつものように。
テーブルの近くに座ろうとして。
ふと。
棚を見る。
「あ」
「何?」
「あれ」
目黒が写真を指す。
阿部も振り返る。
「康二に撮ってもらったやつ」
「この前言ってた?」
「うん」
阿部は写真立てを手に取る。
目黒に渡す。
「俺、こんな顔で笑うんだって思って」
目黒は。
写真を見る。
「いい顔してる」
「そう?」
「うん」
「康二にも言われた」
「楽しそう」
「実際楽しかったし」
阿部は。
少し笑う。
目黒は。
写真をしばらく見てから。
棚に戻した。
「これからいっぱい撮るんだって」
「康二が?」
「うん」
阿部はコーヒーを二つ持ってくる。
向かいに座る。
「館さんと翔太も。照とふっかも。佐久間もラウも」
「うん」
「康二も」
少し間を置いて。
「めめも」
目黒が。
阿部を見る。
「俺も?」
「うん」
「いいの?」
「なんでダメなの」
「いや」
目黒は。
少しだけ照れたように笑う。
「嬉しい」
その顔を見て。
阿部も笑った。
「じゃあ今度撮ろうよ」
「二人で?」
「うん」
阿部は何でもないように答える。
「せっかくだし」
目黒は。
少しだけ黙る。
「……うん」
「何その間」
「別に」
「変なの」
阿部は笑いながら。
お菓子の袋を開けた。
しばらく。
二人でコーヒーを飲む。
目黒は。
棚に置かれた写真を。
時々見ていた。
阿部は。
そのことに気づいていたけれど。
何も言わなかった。
代わりに。
ふと思う。
めめの部屋。
そういえば。
一度も入ったことがない。
隣なのに。
目黒は何度も。
自分の部屋へ来ている。
ご飯を食べたり。
話したり。
片付けを手伝ったり。
なのに。
自分は。
目黒の部屋を知らない。
「めめ」
「ん?」
「俺さ」
「うん」
「めめの部屋、入ったことないよね」
「ないね」
「なんか不公平じゃない?」
「何が?」
「めめは俺の部屋知ってるのに」
「じゃあ来る?」
「え?」
目黒は。
普通に言った。
「今日」
「今日?」
「うん」
「いいの?」
「もちろん」
阿部は。
少し驚いて。
それから。
笑った。
「じゃあ行く」
「決まり」
数十分後。
阿部は。
隣の部屋の前に立っていた。
たった一枚。
壁を挟んだ向こう。
それなのに。
少し緊張する。
目黒が鍵を開ける。
「どうぞ」
「お邪魔します」
中に入る。
阿部の部屋と。
間取りはほとんど同じ。
でも。
雰囲気は全然違った。
家具は少ない。
色も落ち着いている。
綺麗に片付いていて。
生活感がないわけではないけれど。
物がきちんと収まっている。
「……綺麗」
「そう?」
「うん」
「普通じゃない?」
「俺の最初の部屋、段ボールだらけだったから」
「引っ越したばっかだったしね」
阿部は。
部屋を見回す。
本棚。
小さな観葉植物。
テレビ。
ソファ。
棚の上には。
いくつか料理の本。
「あ」
阿部が本を手に取る。
「やっぱり料理好きなんだ」
「まあね」
「何が一番得意?」
「何だろ」
目黒は少し考える。
「煮込み系かな」
「だから肉じゃがとかカレー多いんだ」
「好きだから」
「へえ」
また一つ。
目黒のことを知る。
それが。
なんとなく嬉しかった。
「他には?」
「何が?」
「好きなもの」
「急だね」
「だって俺」
阿部は。
本棚を見る。
「めめのこと全然知らないなって思って」
目黒が。
少しだけ黙る。
「俺ばっかり」
阿部は続ける。
「記憶ないとか。仕事楽しいとか。昔のこと思い出したいとか」
一つずつ。
たくさん話した。
自分のこと。
今のこと。
昔のこと。
でも。
目黒の話は。
ほとんど聞いたことがない。
「めめは?」
阿部が聞く。
「何してる人?」
「仕事?」
「うん」
「会社員」
「へえ」
「普通の」
「普通って何」
「普通は普通」
「それじゃ分かんない」
阿部は笑う。
「何が好き?」
「料理」
「それは分かった」
「映画」
「どんなの?」
「結構なんでも見る」
「好きな食べ物は?」
「肉」
「雑」
「でも本当」
「嫌いなものは?」
「特にないかな」
「何でも食べる?」
「結構」
「朝強い?」
「まあまあ」
「休みの日何してる?」
「家にいることも多い」
「意外」
「そう?」
質問が止まらない。
目黒は。
一つずつ答えてくれる。
阿部は。
聞くたびに。
なんとなく嬉しくなる。
「何?」
目黒が笑う。
「さっきから楽しそうだけど」
「楽しいよ」
「そんなに?」
「うん」
阿部は。
少し考えてから言う。
「知らないめめがいっぱいあるから」
「そりゃそうでしょ」
「でも」
阿部は。
目黒を見る。
「知りたい」
目黒の表情が。
少しだけ変わる。
「……俺のこと?」
「うん」
「なんで?」
「なんでって」
阿部は首を傾げる。
「めめは俺のこといっぱい知ってるじゃん」
「今のあべちゃんのことはね」
「だから」
阿部は笑う。
「俺もめめのこと知りたい」
言ってから。
自分でも。
少し不思議だった。
他の人のことも。
もちろん好きだ。
翔太の気まぐれなところも。
館さんの料理も。
康二の歌も。
佐久間の本屋も。
ラウールと話す時間も。
照とふっかがいる夜のバーも。
全部。
好き。
でも。
目黒のことは。
少し違う。
もう少し。
知りたい。
何が好きで。
何が嫌いで。
どんな時に笑って。
どんな時に疲れるのか。
それを。
知っていたい。
「じゃあ」
目黒が言う。
「これから少しずつ教える」
「少しずつ?」
「一気に知ったらつまんないでしょ」
「何それ」
「その方が長く話せる」
阿部は。
少し笑う。
「ずるい」
「そう?」
「うん」
でも。
嫌ではなかった。
むしろ。
少しずつ知っていけるなら。
それもいい。
その日の夕飯は。
目黒の部屋で食べることになった。
「何作る?」
阿部がキッチンを覗く。
「冷蔵庫見て決める」
「俺も手伝う」
「できる?」
「失礼だな」
「冗談」
二人で冷蔵庫を見る。
野菜。
肉。
卵。
「じゃあ」
目黒が言う。
「親子丼にしようか」
「いいね」
「玉ねぎ切れる?」
「多分」
「また多分」
「やってみないと分かんないんだって」
「じゃあお願い」
阿部が包丁を持つ。
思ったより。
普通に切れた。
「できるじゃん」
「できた」
「料理も得意だったんじゃない?」
「それは分かんない」
「今できればいいか」
目黒が。
さらっと言う。
阿部は。
その言葉に少し笑った。
「またそれ」
「何が?」
「今が大事」
「大事でしょ」
「うん」
阿部も。
素直に頷いた。
二人で料理を作る。
目黒が味を整えて。
阿部が器を出す。
食卓に並べる。
向かい合って。
「いただきます」
一口食べる。
「おいしい」
「よかった」
「めめの家で食べるのもいいね」
「じゃあまた来れば」
「いいの?」
「いつでも」
目黒は。
何でもないように言う。
その言葉が。
少し嬉しかった。
「じゃあまた来る」
「うん」
「今度は俺が何か作ろうかな」
「作れるもの分かるの?」
「それも今から探す」
目黒が笑う。
「いいじゃん」
阿部も笑う。
目黒のことを。
また一つ。
知った。
そして。
目黒の部屋にも。
自分の居場所が。
少しだけできた気がした。
コメント
1件
あ〜〜〜〜もう第8話も尊すぎて胸がじんわりしたよ〜!😭💕 阿部くんが「めめのこと知りたい」って素直に言えるの、ほんと成長したよね…! 最初は部屋すらちゃんと開けられなかったのに、今は隣の部屋に遊びに行くとか…っ。 写真見て嬉しそうな阿部くんと、ちょっと照れる目黒さんの距離感がもうたまらんのよ…! 「今が大事」ってさらっと言える目黒さん、強すぎるでしょ…! 二人で作る親子丼、絶対美味しいやつやん…次の話も待ってるよ!🌸
#❤️💙
みら

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