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くろぬか
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来る出征の朝。これから起こるモノを感じさせないほど穏やかで、そよ風が吹く中を鳥がさえずりながら飛び回る。私たちは天幕を畳んで背嚢に縛着し、三列の縦隊を形成して一路、演習場の西6キロの地点にある「エラト港」を目指して出発した。
草の生い茂る草原に、行軍の列が自然と道を作り出して行く。地面の波に乗るように、前途にはほかの連隊も含めた列が西へ西へと伸びている。そして何も考えずにぼんやり歩く内に、エラト港の港町に入った。住民は何事かと興味津々な目で我々を見つめていた。平時の演習では、この街には土産を買いに寄って来るくらいなのだが、今日は勢揃いで歩いてきたのだから無理もない。
私たちが港に入ると、私はその光景に息を呑んだ。
港の桟橋のほぼ全てに徴用されたと思われる輸送船、貨物船が兵員輸送船としてひしめき、ぞろぞろと桟橋から兵隊が乗り込んでいる。そして沖にも十数隻の船が待機していた。およそ、一隻に1000人近くを押し込んでいるようだった。
一隻に多くを詰め込むのは輸送はできるが、私は憂いを隠し切れなかった。
…前世において、かつての日本軍は兵隊を寿司詰めにした輸送船を撃沈され、いっぺんに兵隊を大量に失っていた。船内の惨状は、想像に難くない。
エル達と一緒にぞろぞろと私も列に並び貨物船の前へ立った。
―私は生きて帰れるのだろうか。と、不安が頭をよぎる。そして桟橋から繋がる乗り込み口の前に来ると、大量の兵隊を飲み込んですっかり低くなった乾舷が良く見える。
ギイギイと板を鳴らしながら入り込んで、動線に沿って歩いて行く。すると、鉄道の時と同じく、我々兵隊は貨物室に押し込められる。それも小さな部屋に分隊ごと、なんてものではなく、デカい貨物庫にすし詰めだ。全くたまったものではないのだが、近代戦の機動性のためだと言い聞かせて乗るしかない。硬かった木張りの貨物列車の床は、カチンコチンの鋼鉄の床へとパワーアップし、私達の尻を痛めつけることになる。
中に入って各分隊で丸くなり、ひとまず腰を落ち着ける。
「よい…しょっと…。 はぁ~、列車の次は船も貨物扱いかぁ〜…流石にあんまりだよう」
エルはぐったりした顔で不満たらたら。無理もない。
「全くだよなぁ、兵隊なんか消耗品としか思ってないんだろ」
エルは諦めたように口角だけ上げて答えた。
「へへ、消耗品か…言えてる」
するとメイアも私の隣に腰掛ける。
「これじゃあ、上陸する頃には痛くて動けませんね」
「確かに、ハハハ」
分隊長が巻き付けていた外套を外し、程よいサイズに畳んだ。
「お前ら、この外套をクッションにしよう。ずっと楽だ」
「ハッ!なるほど!」
みんな我先にと背嚢から外套を外し、尻に敷いてクッションとした。藁よりもずっと良いクッションで、なかなか良い。落ち着いて辺りを見回すと、どうやら分隊とはぐれた兵隊がいるらしく、名前を呼ぶ声がそこかしこから聞こえていた。中には今にも泣き出しそうなのもいる。初年兵だろうか。乾坤一擲の作戦といえども、初年兵なのに戦争で動員とは、何ともかわいそうな話だ。
しばらくするうちに、はぐれエルフ達はだんだんまとまり、ポツポツと「迷子分隊」を形成して貨物庫の隅に丸まっていった。
そして私はふと、アルの艦を探そうと甲板へ出ることにした。
すると分隊長に呼び止められる。
「ミリア、どこへ行く」
「はい、自分の旧友が護衛艦隊に居るので、ソイツの艦を見つけてやろうと思いまして」
「なるほど、すし詰めだからな、将棋倒しに気を付けろよ」
「はい」
そう言って私は甲板に上がる。階段から吹き抜けてくる潮風が気持ち良く、清々しいものだった。
あたりを見れば、我々上陸部隊を輸送する大船団に、周囲を囲む護衛艦隊が、すっきりと見渡せる。その中に、かねてからアイツから聞いていた、「でかい二本煙突に前後に連装砲」の艦を探す。右に右に視線を流していくと、ちょうど左舷やや前方に、全くそのとおりの巡洋艦が見えた。なぜそう思ったかは分からないが、その時、心には「アイツに違いない」と、謎の自信に満ちた、確信のようなものがあった。
そして、何よりも気心知れた友が護ってくれているという事実が、安堵を私にもたらしていたのは言うまでもない。
やがて夜も更け、狭い貨物庫内で私はコックリコックリとうたた寝をしていた。兵隊というのは悲しい生き物で、目を閉じることさえできればどこでだって寝られるようになってしまう。裏を返せばそれだけ劣悪な環境に置かれているという事だ。そしてうたた寝していると、何やら周りが騒がしくなり始め、その声で私はボヤボヤと目を覚ます。なんだと思って耳を澄ますと、「水雷艇だ」「敵だ」という声が聞こえて、ハッと目が覚める。狭い舷窓に、分隊員達はおしくらまんじゅう状態で覗き込んでいた。私もその中に埋まって、海を見る。
「なんだ、何があったんだよ?」
エルに事の顛末を聞く。
「ミリア!実はさっき、護衛艦隊が敵の水雷艇を発見したっていう放送があって…」
私は放送でも起きなかったらしい。結構寝てたんだな。
「それで、ソイツはこっちに来てんの?」
「らしいですよ…私達戦う前から沈められちゃうのかな…」
メイアは青ざめた顔で呟いて、海面を一点に見つめていた。
私も海面を見ると、よくよく見ると黒い点がポツポツと三つ、水平線上にあるのが見えた。その点は動いていない。つまり、真っ直ぐ私たちの方へ進んでいるという事だ。
「あっ!」
エルが声を上げると、左舷の巡洋艦が探照灯を照射した。突然の投光に一瞬目が眩んだが、目を凝らすと光の先に灰色の小さな船体が光っていた。
「畜生、来てるぞ!」
すると、轟音一声の下、巡洋艦は主・副砲を斉射した。その轟音は空気の波として輸送船の隔壁に叩きつけられ、ゴーン、と鈍い音を立てる。すると敵水雷艇の方で水柱が立ち上る。
兵隊達はワアワアと、その轟音に驚く。新兵達は青ざめて今にも泣き出しそうになって震えていた。そんな中、私は宣戦布告の時間を思い出す。
「…!エル!」
エルは目を丸くする。
「えっ、何!?」
「今、今何時だ!」
エルは狭苦しそうにもぞもぞと懐中時計を取り出す。
「今は…〇三二八!…でもそれがどうしたの?」
私はホッと一息ついた。
「宣戦布告は、〇三〇〇だったからな。布告前に戦闘をすれば、世界からどう見られるか…」
かつて前世における日本は、宣戦布告の通達が遅れた為に米国民感情を刺激した苦い思い出があった。それを異世界でまで繰り返してしまえば、どうなるか分かったものではない。
そうこうする内、轟音に続けて一際大きい音が鳴った。敵艦に命中弾があったのである。
「おい!当たったぞ!」
「おおお!いいぞいいぞ!」
「やっちまえ!」
一人の兵隊が声を上げると、忽ち船内は歓声が上がる。殆ど野球の観戦気分だったが、別の一人が「まだ来るぞ!」と叫ぶと、すぐにそのヤジは本気の応援へと変わった。そりゃそうで、あれが抜けてくれば魚雷はこっちへすっ飛んでくる。それでは死ぬのはこっちなので、声にも熱がこもる。現金な事だが、兵隊だって中身は人間だ。いや、エルフではあるが。
すると次の発砲でもまた、命中弾があった。残りは一隻。距離はすでに詰まり、私の目には点にしか見えなかった水雷艇が、今ではマストの穂先まで捉えられる。
「行けっ、やれ!」
「頼むよ!」
兵隊達の声援もクライマックスとなった時、巡洋艦の砲弾は水雷艇を捉え、炎上した。
「やった!やったぞ!」
「ザマァ見ろ!ハハハ!」
私達は大喜びだった。
が、私の目はそれを捉えた。
水雷艇を起点として、白い糸が二本、こちらへ向けて投げられている。
「…魚雷だーッ!!!」
私の叫びで、周囲の歓喜は瞬く間に絶望と絶対的な恐怖に覆い隠された。
巡洋艦が増速したかと思うと、船内は大きく傾き、揺れ、パニックを助長した。船は左に大回頭して、必死の回避機動をしていたのだ。不思議な事に、ガヤガヤと騒然とはしたが、叫ぶ者等は、居なかった。皆が、拳を握っていた。
やがて見える白い糸は紐となり、太い縄へと変わって私たちの方に迫る。
縄は、左へ、左へ、私たちの船尾に迫り、「もうダメか」と、額に脂汗を滲ませながら、見守った。ふと隣のメイアに目を向けると、もう肩で息をして、顔色は青ざめるどころか、青白くなって、全てを悟るような顔をしていた。
そして、船尾に雷跡が隠れた時。
―爆発は起きなかった。
「避けた!避けたぞ!」
「「…ワアアァァア!!」」
船内全体に、歓声と拍手、万歳三唱が巻き起こった。しかしその瞬間、船は右舷からぶっ叩かれた様に、ガーンと大きく揺れる。海面そのものが持ち上がったようで、船が浮いたようだった。「しまった、魚雷を喰ったか」と思ったが、そうでは無かった。
「右の船が被雷したぞ!」
兵隊の声を聞いて、好奇心から分隊皆で右舷側に行って様子を見た。
地獄だった。
船はみるみる大きく後ろに傾き、デッキにぞろぞろと兵隊が出て来ては海に飛び込むか、掴まって上に登ろうとしていた。そして機関が生きていたのが仇となり、スクリューの水流に引き込まれて、海中で兵隊が砕かれていた。スクリュー周りがジワリと赤く染まっており、さらに沈んで行くと掴まっていた兵が転落して壁等に叩きつけられて血煙を上げて海中に没する。運が悪いと他の兵にぶち当たって死んでいく。海に投げ出された兵は泳いでも泳いでも、その船の生み出す渦に引き込まれ、波間に消えていく。すると煙突から水が入りボイラーが爆発。その熱は海面のタールに引火し、浮いていた兵隊もろとも海を焼いた。ゴーン、とボイラーの爆発音と共に、甲板の入り口から外の音が聞こえる。
パチパチとタールが燃えていく音、阿鼻叫喚の悲鳴。そして、
人の焼ける匂い。私は、涙を零しながら、思わず耳を塞いだ。
その光景が、瞼の裏に焼きついた。
しかし、私。…いや、私「達」の心中は、冷酷だと思われても仕方が無いようなものだった。
「私達じゃなくて、良かった。」
コメント
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わあ…第7話、読み終わったよ…!😭💦 出征の朝の静けさから一転、魚雷の恐怖と隣の船がやられる地獄の描写がリアルすぎて息が止まるかと思った…。「私達じゃなくて、良かった」って心の奥底で思っちゃうミリアの心情、すごく生々しくて胸に刺さったよ。戦争の非情さと人間の弱さを描くのが上手すぎる…!次の展開も気になるから、いはとりさん頑張って🔥