テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
#地雷系
尾津嘉寿夫 ーおづかずおー
1,294
クラリス
2,220
リリア💙🤍
207
#いじめ
名瀬口にぼし
279
【一年後】
. .。 .:・
あ・・・アイツ、また後ろの席にいるな・・・・
イリノイ大学「アーバナー・シャンペーン校・経済学科」に通う竜馬は、いつものキャンパス内にあるカフェのカウンターの端に座って、気持ちの良い午後の日差しを浴びて、ウトウトしながら思った
竜馬も多くの同級生と同じく、この四週間は起きているほとんどの時間を授業で取ったノートや教科書をまとめ、真夜中過ぎまでかすんだ目で準備し、怒涛の難しい試験をやっと乗り切った、解放感に浸っていた
この大学の経済学科は、致死量の課題に襲われるので有名で、今はやっとそれに解放された学生の浮足立った空気が、キャンパスいっぱいに広がっていた
期末試験が終わった今、竜馬をはじめとする学生は、ほぼ全員が故郷へ帰省しようとしている・・・しかし竜馬自身はこれから十週間ぶっ続けで「アンディ・ビームスの精粉工場」で小麦粉を出荷する仕事と、夜はガソリンスタンドのダブルシフトで働く予定だった
その仕事は体力的にはキツイが、ビームスの采配で、苦学生の竜馬の一年分の授業料をまかなうのに十分な収入をもたらしてくれる
それだけ蓄えれば、冬の間の家賃と生活費に余裕ができる、今や一郎に仕送りを頼らず、ルビーからもらった金があるからといっても、今の竜馬には生活をしていくのだけで精一杯で、大学生活を謳歌する余裕など全くなかった
そして今は、カウンターでコーヒーを一口啜り、竜馬がこの大学に入学してから、初めて日本人らしき学生と認識している男子学生が、自分の後ろに座っているのを意識していた
彼は何度かクラスで見たことがあった、黒髪で銀縁の眼鏡をかけていて、ヘッドフォンで何かを聞いているフリをして周りを一切遮断している
試験から解放された浮きだった気分も相まって、竜馬は彼に話しかけてみることにした
. .。 .:・.
「Chinese?(中国人?)」
竜馬がそう話しかけると、不意に彼は顔を上げて竜馬を見た、やっぱりイヤホンからは音楽は流れていなかった、そして気分を害したみたいで、眉根を寄せて彼は言った
「Japanese!(日本人だ)」
「え?うそ?ほんと!ここに来てから日本人初めて見た」
「日本のどこ?」
「関西だよ」
「俺もだ」
竜馬は彼に手を差し出した
「僕・・・「松下竜馬」だよ、たぶん君と同じ授業取っていると思うんだけど」
無表情なのか、嫌がっているのかわからない表情で、眼鏡の彼は小さく呟いた
「・・・浜田・・宗一郎・・」
アメリカンな挨拶は彼にはお気には召さなかったらしい、宗一郎は手を出さずにじっと竜馬を見た、しばらく二人はお互いを観察しあった
宗一郎は徹夜明けのげっそりした顔をしていて、痩せていた・・・竜馬は自分が最初アメリカにやって来た時を思い出した、たぶんこいつもアメリカの食生活が合っていないのだろう
しかし、彼自身がこれ以上竜馬と話す気がないのなら余計なお節介というものだ、竜馬はカバンからお菓子を一つ取り出した
「これやるよ・・・それじゃ!」
そう言って総一郎の前にお菓子を置いて、竜馬は立ち去った、宗一郎は竜馬が置いていったお菓子をなんだろうと手に取ってみた「うまい棒・コーンポタージュ味」だった!!宗一郎はガタンッと弾かれたように立ち上がった
「え?おいっっ!!待てよ!!ちょっと!!これ!どこで手に入れたんだよ!!」
宗一郎が慌てて竜馬の後を追う、すると竜馬はずいぶん向こうの廊下をスタスタ歩いて行っていた、宗一郎は叫んだ
「教えてくれよ!!!おい!」
. .。 .:・.。. .。.:・
アンディ・ビームスの製粉工場は、すべて自給自足の形で運営されていた、工場は巨大な天井の低い長いブリキ小屋で、その大きさは甲子園ほどあり、ビームスが小麦製粉に人生を費やしてきたほどある、ビームスは明らかに製粉業で成功していた
そこで竜馬は力持ち自慢の猛者達にまじって、小麦を製粉し、袋詰めをして、閉じ、それをリフトに乗せて、トラックに積む作業に精を出していた
働くことは竜馬にとって勉強をすることと同じだった、友達もいない竜馬はここが好きだった、キツイ肉体労働は厳しい訓練になるし、時給30ドルはとても魅力的だった、そして何より・・・ここにはジャスティンのことを知っている人が多かったのが居心地がよかった
「お~い!竜馬!社長がお呼びだぞ!」
「は~い!!」
「ガタガタゴトゴト」とキャタピラの音が煩い工場の中、竜馬が上半身裸で玉汗を流しながら、30キロはあるパンパンに詰まった粉袋を、粉袋の扱いならお手のものとばかりに、リフトのパレットに放り投げ、入口に向かって歩いて行った
大きなくしゃみを二回して、入口に備え付けてあるティッシュで鼻をかむ、ここへきてから鼻炎が治らない、鼻をムズムズする粉っぽい空気、もうもうもうと立ち込めるモヤはきっと小麦粉のせいだ
事務所の手前の階段に傘のように開くプラスチックの洗濯物干しから、自分の白いTシャツを取り、引き締まった体にそれを着た、洗いざらしの木綿のシャツの匂いを嗅ぐ・・・この間サイズアップして買ったのに、もう二の腕がキツイ・・・・胸もTシャツが張り付いている・・・竜馬はこれからは伸縮性がある生地しか買えないなと思っていた
入口で水を撒いている専務としばらく立ち話をすると、工場で飼っているヨボヨボの犬が、竜馬と仲良くしたくて、尻尾を振って寄って来た
フフッ「君はマックスより愛想がいいね」
犬の頭を撫でてやりながら、今度何か貢物を持ってくるよと約束をして別れた、事務所に続く階段を登る竜馬を、犬は尻尾を振ってじっと目で追った
「よお!竜馬!入れよ!」
アンディ・ビームスの顔は、長年の厳しい労働に耐えてきたことを物語り、皺と孤独感に、人柄の良さと、寛大さをにじませていた
目は穏やかに澄み、近づくにつれ、背が高くて長年小麦粉をかち上げてきた、いかつい体が彼の底力を漂わせていた、ビームスの目の前には、5個の段ボールいっぱいに積み立てのオレンジが、溢れんばかりに入っていた
「オレンジ!」
「今年も隣のオレンジ農園からもらったんだ、好きなだけ持って帰れ!」
竜馬は嬉々として紙袋いっぱいにオレンジを詰めた、それをビームスは目を細めて、年輪のあらわれた微笑を浮かべた
「しっかし、お前逞しくなったなぁ~、ここへやって来た当時は、もやしのようにヒョロヒョロだったのに」
「そう?」
竜馬は二の腕に力こぶを作って見せた
「お前今どこに住んでるんだ?」
「大学の近くの貸し倉庫だよ、広いし、家賃がすごく安いんだ」
「まぁ・・住めば都というものな、若いうちは苦労をしたほうがいいんだ、俺は苦学生の見方だ」
ビームスはたばこのヤニが染みついた歯を見せながら大笑いをした、そしてビームスがシカゴに来たばかりの頃の苦労話を、竜馬は楽しく聞いた
「ジャスティンは・・・その後会ったか?」
少し気づかわし気にビームスが聞いてきた、竜馬ははにかんで首を振った
. .。 .:・.。. .。.:・
オレゴン州にある【テンダーロック収容所】は竜馬の住む場所からは、車で片道丸一日半かかった、凶悪犯が収容されるその場所に、もう一年以上もジャスティンがいる、それでも生きている
ジャスティンは裁判で、証拠不十分で殺人犯にこそならなかったが、それでも、武器密輸並びに国際犯罪テロ集団の罪として、そこに収容されて、まだ実刑判決が出ていない
竜馬は今までジャスティンに往復3日かけて何度も会いに行っていた、国境を越え、中古で買ったダッドトラックで、埃だらけになって、テンダーロック収容所へ向かった
刑務所に来たのは初めてだったが、そこは想像していた通りの場所だった、トラックは古びた陰鬱な雰囲気の巨大な城跡のような所に止まった、見渡してみると建物自体が「ここはあまり良い場所じゃないぞ」と語っている、高い壁には有刺鉄線が張られ、ここを脱走でもしようものなら、すぐにでも撃ち殺されそうな雰囲気がある
あたりは汲み取り式の便所の匂いがし・・・看守も生気のない虚ろな目をしている、ここに金髪をくしゃくしゃにした青い目のジャスティンがいる・・・きっとオレンジ色のジャンプスーツを着て、手錠をはめられているのだろう、それでもジャスティンはジャスティンだ
撃たれた肩の傷は大丈夫なのだろうか?ここでちゃんとした治療を受けさせてもらっているのかどうかもわからない・・・もし傷が悪化して腕が一生上がらないってことがあったりしたら・・・言いたいことは沢山あった
ジャスティンのママのジェシカには、ああ言われたけど・・・竜馬は待つつもりだった、いつになるかわからないけど、彼が出所する頃には、また二人で一緒に暮らしたかった、自分が面倒をみると・・・ジャスティンに言ってあげたかった、だから二人で希望を持とうと・・・
面会待機場で竜馬は嬉しくて、檻の中のクマのようにウロウロしてジャスティンが来るのを待った、そしてやって来たのは刑務官一人だけだった・・・ジャスティンは竜馬という人間など知らないと言っているらしく、見知らぬ他人との面会は拒否していると、その刑務官に追い払われた
竜馬は泣きながらもと来た道を、またまる一日半かけて戻った、自分を無視するな、と怒りの感情を手紙に書いて送りつけもした、そしてまた・・・泣きながら出所したら一緒に住みたいと懇願する手紙を書き綴った
ジャスティンを殴ってやりたかった、知らない他人のフリをするなと、そして翌月、また往復3日かけて行ったが、会えたのは刑務官だけだった・・・4回目にはその刑務官は竜馬に同情し「何度来ても一緒だからもう来るな」と言った、竜馬は塀の中のジャスティンに拒絶され、悲しみのどん底に浸った
. .。 .:・.。. .
物思いから現実に戻ったのは、ビームスが腹蔵なく自分の意見を言った時だった
「まったくジャスティンはバカだぜ、自分のことを思ってくれる友達ほど貴重なものはねぇのによ!なぁ!竜馬!オレンジ食って元気出せや!俺はアイツが出所してきてここで働きたいって言えば、いつでもオーケーだからよ!」
そう言ってビームスは仕事モードに切り替わり、ホワイトボードに出荷予定を書き込んだ
. .。 .:・.。. .
. .。 .
竜馬は緑色のダッドトラックにもたれて丘に立ち、じっと建設跡を眺めていた・・・そこには解体途中の「シカゴ・ナルシソ・カジノホテル」が残骸のように取り壊されていた
きれいさっぱりさら地にされて行こうとしているホテルの建物を、作業員達が手際よく解体している、現場は騒がしいながらも統制がとれていた
何もなくなった広大な平地に、キャタピラをつけた蒸気クレーンが、ひょうたん型の巨大なプールを掘り起こして壊している、竜馬は物悲しい気持ちでそれを眺めていた
あのプールで何度ルビーやジャスティン達と遊んだだろう・・・あのプールサイドのバーカウンターで、客のカクテルを作るのが好きだった・・・
一年前・・・アメリカ最大の犯罪組織の違法な武器密輸の国際テロ事件は、どのアメリカ誌にも取り上げられ、 イリノイ最大のマフィアの大規模な犯罪組織は、ゼレンスキーの手によって撲滅させられた
竜馬は学校のテレビで、イリノイ州国際最高裁判所のドアが大きく開き、大勢の傍聴人の中を颯爽と出てきて、インタビューに応じるゼレンスキーの姿を何度も見た
再来年には、ここには大きなショッピングモールができるらしい、竜馬はこのホテルが懐かしくて胸が締め付けられた・・・ 夜通し行われるショーやカジノの熱い戦い・・・このホテルで竜馬の知らない事はなかった・・・厨房にいけば観光客のおこぼれで、美味しいものがたらふく食べれた
噂ではコンチネンタル・ファミリーのボスのチャックとアンドリューは死亡し、娘のマリー・ローズはひそかにイギリスの親戚の元へ旅立ったらしい、竜馬はお別れも言えかなったことに胸が痛んだ
あの大女優のルビーがマフィアの一味だったことは、当時、大いにゴシップ誌を騒がせた、今でもどれもこれも竜馬にとっては寝耳に水で、信じられなかった
あの時はわからなかったが・・・あの頃の竜馬は、どれほどジャスティンの庇護の元、何も知らずに毎日幸せに笑っていたことか・・・後になって全てを知ることはとても残酷だった
あの頃、親しくしていた人達は全員いなくなり、建物までもなくなった
時は流れ・・・人も街も、変わっていく・・・
竜馬だけがそこに取り残されていた・・・
コメント
1件
うわあ、第188話……読み終わってしばらく動けなかったよ。竜馬、一人で頑張ってるなあ。ジャスティンに会いに行く場面、胸がギュッとなった。何度も拒絶されても通い続ける姿に、彼の一途さと孤独が滲んでて切なかった。あと、工場のビームスさんとの人情味あるやり取りや、うまい棒で繋がる宗一郎との出会いが、重い展開の中での温かい息継ぎみたいで好きだ。ホテルが解体されていく光景と「残された自分」の対比が、すごく心に刺さったよ。