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 というわけで唐突に初大学である。まさかの大学見学である。学校の放課後にまさかいきなりこんなことになるなんて思ってもいなかった。


「こんなこぢんまりした大学もあるんですねー」


 そう口にしたのは誰あろう、真帆である。僕が榎先輩と一緒に大学見学に行ってくることを伝えると、「私も行きたいです!」とついてきた次第である。


「まぁ、たしかに狭いよね」

 榎先輩も同意しつつ、

「ほぼ街なかの大学だし、敷地的に仕方がなかったんじゃない? 周り住宅街だし」


 榎先輩の通っているこの大学、実は僕らが通学している高校のすぐ近く、同じ山の中にある。なんと歩いて十五分ほどの距離しかない。面積的にも高校の二倍あるかないか程度。イメージの中にあるだだっ広い敷地の大学とはかなりかけ離れていた。


 幹線道路から住宅地の間を縫うように緩やかな坂を登ること数百メートル。門を抜けてから逆S字の道を進むと、山の斜面に沿って左右に建てられた幾棟もの校舎?が眼に入る。


 新旧様々なデザインの建物は見ているだけでなんだか興味をそそられた。


「なっちゃんは、どうしてこの大学にしたんですか?」


「家から近いから」


「……それだけ?」


「それだけってわけじゃないけど、うちの両親が遠くの大学に行くことに反対しちゃってさ。本当は井口先生の勧めてくれた遠くの大学に行こうと思ってたんだけど、市内でもここなら同じようなことが学べるからここにしろって親に言われて」


「なっちゃんはここで今、なにをお勉強してるんでしたっけ?」


「日本文化だね。現代文化学部の日本文化学科。そこで日本の文化とか歴史とかやってる」


「もしかして、遺跡発掘とかもやってるんですか?」


「先輩たちは教授のバイトとかでたまに行ってるみたい。あたしはお手伝い程度でこないだ参加したくらいだね」


 へぇ~、と辺りを見回す真帆はにっこりと微笑んで、

「良いじゃないですか、ここ」

 と僕の肩に手をのせた。

「街にも近いし、綺麗だし、授業が終わったらそのまま遊びに行ける距離ですよ。シモフツくんの家からも近いですし、私もいつでも遊びに来られます」


「……いっそ真帆も受験受けたら?」

 

 僕が言うと、真帆は「え~?」と僕の肩から手を離し、どこか嬉しそうにくるりと綺麗に一回転して、


「そんなに私と一緒にキャンパスライフを送りたいんですか~?」


 僕が言わんとしていることと全く違うことを口にする。


 何を期待しているんだ、いったい。


 ……。


 …………。


 ………………それも悪くないかもしれない。


「相変わらず仲が良いことで」

 榎先輩も、半笑いで呆れるように口にした。


「なっちゃんは彼氏さんできました?」


「あたしはそういうのいいかなぁ。今は自分のやりたいこと優先したいし」


「先輩のやりたいことって、魔法文化の研究でしたっけ」


 僕が訊ねると、榎先輩はこくりと頷く。


「そ。でも、ここにはあたし以外に魔女がいないみたいでさ。日本文化の先生たちに話を聞いたりしながら、勝手にやってる感じ」


 榎先輩はそんな大学の構内を隅々まで(ただしざっくりと)案内してくれた。各学部の学部棟やら、学生会館やら、なんやらかんやら。広い講堂や真新しい校舎?のゼミ室なんて、あまりにも綺麗すぎて僕はちょっと感動してしまった。


 最後に僕らは学生会館の中のカフェで白いテーブルを囲むようにして座り、ガラス張りの窓から市街を見下ろすようにコーヒーを飲むこととなった。


 あまりにもオシャレで感嘆してしまう。


「いいですね~、こういうところ。ちょっと憧れちゃいますね」


「真帆もどう? シモハライくんと一緒に」


「う~ん……ちょっと悩んじゃいます。けど、私はここでお勉強しても、結局は家を継ぐことになりますからね」


「それはまぁ、確かに」


 僕は真帆があの魔法堂で仕事をする姿を想像する。


 悩みを抱えて訪れるお客さんを相手に、真帆が真帆のおばあさんのように、色々な魔法や魔法の道具で解決に導いていく――そんな未来を。


 果たしてそこに、僕はいるのだろうか。


 僕と真帆はそのとき、どんな関係なのだろうか。


 今のように、恋人としての関係が続いているのだろうか。


 それとも――


「でもまぁ、真帆やシモハライくんがここに通うことになったら、あたしは嬉しいけどね。魔法文化について研究する仲間を得られるわけだからさ。さすがにひとりって大変なんだよねぇ」


「そうなんですか?」


「だって、魔法なんて普通、誰も信じないじゃん? 全魔協とかも、魔法についてはあまり口外しないようにって定めてるし。だから、そういう話を教授たちにはし難くてさ。説話とか、それっぽい民話として話をすることはできても、事実としては話せないんだよね」


 それから榎先輩は、「そうそう!」と思い出したようにショルダーバッグに手を伸ばすと、ごそごそと中身を探りながら、

「ゴールデンウィークにみんなで行った砂治で見つけたこれなんだけどさ」

 ことり、と榎先輩はテーブルの上に、件の手のひらサイズの竹の破片を置き、

「どうやらこれ、昔の聴診器みたいなんだよね」


「聴診器?」


「そそ」と榎先輩は頷く。「教授に聞いてみたら、たぶん、聴診器じゃない? って。破片だから絶対とは言えないけど、昔あの辺りには何でも病気を治してくれるお医者さんが居たってお話があるらしくてさ。それがたぶん、あたしが調べてた魔法使いと同一人物っぽいんだよね」


「へぇ、面白いですね」


「でしょ?」

 榎先輩はにやりと笑み、

「で、次の土日にまた改めて砂治に行ってみようかと思って。良かったら、ふたりも手伝ってくれない?」


「僕らが?」


「ダメ? ケーキぐらいおごるからさ、お願い!」


 両手を合わせる榎先輩に、真帆は「なるほどなるほど」と口にして、

「いいですよ! 私もちょっと気になりますし、また一緒に行ってみましょう! ね、シモフツくん?」


「え? ああ、まあ、いいけど……」


「やった!」と榎先輩も手をひとつ打ち鳴らし、「んじゃ、また土日に。運転は井口先生に頼んどくから、ふたりとも、よろしくね!」


 ただの大学見学のつもりだったのに、何故かそういうことになったのだった。

魔女と魔法使いの少女たち

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