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スタジオの灯りが消えたのは、日付が変わる少し前だった。
天井の照明が一つずつ落ちていき、静寂が訪れる。
まだほんのりと熱を持つ床に、残された二人の影が淡く揺れていた。
非常灯の青白い明かりが鏡に反射し、どこか水の底にいるような、不思議な感覚を生んでいた。
残っていたのは、カイとマサヒロ。
ダンスの最終チェックはとっくに終えていたが、どちらも帰ろうとしなかった。
音楽も止まったまま、スタジオに響くのは、重なり合った呼吸の音だけ。
カイは壁際のバーにもたれ、ゆっくりと水を飲んでいた。
マサヒロは鏡の前、踊り疲れた脚を緩めながらストレッチをしている。
「やっぱカイくんの動き、すごいです。ターンのところとか、なんでそんなにきれいなんですか?」
ぽつりと落ちたマサヒロの言葉に、カイは軽く笑った。
「経験値の差だよ。お前もすぐそうなる。俺なんかよりずっと早く、な」
「……でも」
マサヒロは言葉を切り、少しだけこちらを見た。
汗で濡れた前髪の隙間から覗く目は、どこか寂しげで、それでいて真っ直ぐだった。
「俺、もっと近くに行きたいと思ってます。」
カイは目を伏せた。
けれど、その言葉の重みだけははっきりと胸に響いていた。
「マサ……」
「ずっと、我慢してた。けど最近は……カイくんと一緒に踊るたび、目が離せなくて。ダンス以外のことも、考えるようになって」
マサヒロはまっすぐこちらに歩いてきた。
距離がゆっくりと詰まる。
その歩幅は、迷いがちなようでいて、どこか決意が込められていた。
「触れてもいい?」
その問いが、空気を震わせた。
──もう、止める理由なんてなかった。
カイはゆっくりとマサヒロの顎を持ち上げた。
目と目が合う。
その瞳の奥にある熱に、自分の奥底で眠らせていたものが応えるのがわかった。
「……本当に、いいのか?」
「俺のほうが、ずっと……カイくんを欲しがってる」
答えを聞くより早く、唇が重なった。
最初はやわらかく、触れるだけのキスだった。
けれど、すぐにマサヒロの手がカイのシャツを強く握りしめ、引き寄せた。
カイの背中を押すようにして、マサヒロが自ら距離をゼロにする。
「……ん、っ……カイ、く……」
囁くような声が、唇の隙間から漏れる。
キスが深くなるたびに、マサヒロの肩が震えていた。
汗ばむ肌と肌が触れ合い、衣擦れの音とともに、空気がだんだんと熱を帯びていく。
「嫌だったら、止めろ」
カイは静かに囁いた。
「……嫌じゃない。ずっと、触れてほしかった。夢にまで見てた」
その言葉は、まるで告白だった。
マサヒロの手がシャツのボタンを外していく。
露わになる鎖骨に、呼吸がかかるたび、肌がわずかに粟立つ。
カイもまた、マサヒロの服に手をかけた。
ゆっくりと上着を脱がせ、その肌に触れた瞬間、指先に伝わる熱がたまらなく愛おしく思えた。
「……キレイだよ、マサヒロ」
低く、甘い声。
その一言に、マサヒロの頬が赤く染まる。
耳元で囁くと、小さく身体が跳ねた。
ズボン越しに触れたカイの手に、マサヒロははっと息を吸い込む。
けれど、逃げることはなかった。
むしろ、そっと手を重ねてきた。
「……こっちも、触っていい?」
震える声。
カイは静かに頷いた。
マサヒロの手がカイの腰へと滑り込む。
ぎこちないが、それでも欲しがっているのが伝わる触れ方だった。
「ほんと、我慢できなくなるな」
「……してないで。……全部、ちょうだい」
その一言で、何もかもが崩れた。
いや、もとから崩れていたのだ。
マットの上にふたりは倒れ込むように重なった。
シャツが脱ぎ捨てられ、肌と肌が直接触れ合う。
唇、首筋、胸、腰──
どこまでも貪るように触れ合い、熱を確かめ合った。
「マサ……気持ちいいか?」
「……うん、カイくんの、全部……感じてる……」
目を潤ませ、身体を揺らしながら懸命に応えるマサヒロの姿に、カイは理性を失いかけていた。
繋がったその瞬間、すべての思考が真っ白になった。
ただ、マサヒロの名を何度も何度も心の中で繰り返していた。
「っ、カイ……もっと……奥まで、きて……」
苦しげに、けれど恍惚とした声でそう求められて、カイはもう戻れなかった。
幾度も律動し、揺れ、抱きしめ、名を呼んだ。
心も身体も、すべてを一つにするように。
そして──
「……もう、いく……マサ……!」
「俺も、……いっしょに……カイくん……っ」
ふたりの熱が、重なったまま果てた。
しばらくのあいだ、汗まみれの身体を寄せ合って横たわっていた。
静けさが戻ってきたスタジオに、ふたりの鼓動だけが残っていた。
マサヒロの髪を撫でながら、カイはそっと囁いた。
「これで……お前の気持ちは、十分すぎるほど伝わった」
「……じゃあ、カイくんの気持ちは?」
その問いに、カイは少しだけ沈黙し──そして、やわらかく笑った。
「……もう、わかってるだろ?」
答えの代わりに、やさしいキスをひとつ。
触れるだけの、けれど心に深く落ちていくようなキスだった。
夜は深く、スタジオの空気も冷えてきたというのに、ふたりの体温はまだ消えずに、そっと静かに溶け合っていた。