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初心者なのでハート101にしか出来ずすいません
#5
「……着替えたが、何で着物? 」
グルが首を傾げると、吉木はよくぞ! とばかりに指を鳴らした。
「空手だよ。後ろ回し蹴りと胴回し回転蹴りをマスターしてもらう。君は運動神経もいいし、空手とかやってたでしょ?」
無茶振りである。グルは顔を歪めながらため息をついた。
「お前にやらされてたの間違えだろ」
否定できない。
「……まぁ、君も乗り気だから。蹴ってみてよ」
吉木が構えると、自分の胴体を軸として一回転しながら蹴りを放った。胴回し回転蹴りである。
グルはこう見えていても、過去に何度か「やらされていた」ため慣れたものだ。
「弱い弱い。僕を再起不能にしないと始まらないよぉ? 一般人じゃなくて達人を殺害する! これが僕の仕事ね」
得意げに鼻を鳴らすと、グルに向かって胴回し蹴りを食らわせる。足首は真っ直ぐ、とても硬いものでコマのように回されつつ蹴られたらひとたまりもない。グルはよろけたが、そういうものには慣れている。普通に立っていた。
「よく立てるよなぁ……悔しい。倒れればよかったのに 」
チッチッ。
舌打ちをしているが、内心楽しんでいたらしく笑っていた。
「危なかったぞ。胸を狙ったな?」
「正解。倒れろって、殺す気で蹴ったんだから」
「何回お前に殺されかけたか……高1のことまだ根に持ってるんだからな」
無表情にほんの少しだけ感情がこもった。吉木が苦虫を噛んだような顔で笑う。
「そっか、なら殺意あるじゃん。目的は僕だけ。僕だけを意識して蹴らないと、君の足がナイフだとしたら急所を刺さなければいけないでしょ?」
「……だな」
グルは吉木と目を合わせて飛んだ。そして、回転するときも睨みつけて蹴り上げる。喉に命中した。
「あ……」
軽く過呼吸になり、苦しそうにしながら咳き込む。グルは急いで喉元を見た。
「すまない、胸より危なかったな……寝るか? 運ぶぞ」
「…………turn down」
途切れ途切れの英語で答える。グルは死ぬのではないかと手が震えた。
「声が枯れているし、暗殺者でも流石に首を蹴られたらそうなるか。否定しても連れて行くからな」
喉を押さえて寝そべる吉木に向かって強く言い放つ。グルは青くなっている首に気がついていた。
「流石…………痛え!!」
「あ? 何故話せる?!」
「僕の耐久力舐めないでよ、あだだ……そのくらいの殺意なら充分充分……。別に訓練とかは時間かけなくていいわけだ……たった一撃で分かったよ……」
そう歯を食いしばりながらブツブツ呟く。ゆっくりと起き上がり、立った。
「なんだペラペラと。一言にまとめろ」
鼻を鳴らすグルに、吉木は笑いかけた。
「練習は君の基本的な体力作りで充分。後は感情とかの隠し方ってこと」
「つまりは?」
「今から仕事に行こう」
「は?」
グルは突然すぎる提案に唖然としていた。吉木はその場で着物の紐を解くと、グルの背中に手を回して更衣室まで押す。何も理解できないまま着替えた。
「仕事ってことは暗殺か? さっき盗んだ暗器も分からないぞ 」
黒い車の助手席でシートベルトをつけながら不安そうにしていた。そんなグルのことを「大丈夫」なんて軽く言う吉木は誰よりも楽しんで運転している。
「まぁ、そう不安がるなよ♡グル君ならすぐに慣れる。仕込み杖とかあるし死角から飛び出して刺して遺体を持ち帰る。これに尽きるね 」
さらっと怖いことを言う。確かに遺体が見つからなければほぼ勝ち。行方不明で済まされる話なのだが、近所の住人や監視カメラが一番怖いものだ。
「監視カメラは?」
「あるところでするわけないじゃん。こっちも依頼だからちゃんとしてるよ。……あ、なんか店寄る? 緊張してるならお茶でも飲むかい?」
「吐きそうだから要らない」
この男、罪悪感とか無いのだろうか。もはやグルの緊張を気にする程である。
しばらく山沿いを運転して20分ほど。キャンプの駐車場に車を止めた。
「グル君〜! もう狙ってる男見つけちゃった! さっさと終わらせて勉強しよう。銃の名前とかの説明しなきゃだから」
「相手は誰だ?」
特に躊躇もない。こんな友人を持っていたら殺人にさえ冷静になるのだろうか。
吉木はそれに感心し、狂気的な笑みを浮べる。
「乗り気だねぇ。あれだよ、木の近くでロングコートを着て煙草を咥えてる中年男性。多分だけどよく叫ぶだろうなぁ。ハンカチを口に突っ込んであの世に連れて行こう」
声は遊びの説明でもするかのようだ。けれども、暗殺方法を話しているだけで面白いことではない。
「どうやってバレずにやるんだ? 小さい子とか居るし、残酷なことはしてやるなよ。せめてコーヒーに毒混ぜるとかじゃ……」
「それだとロクが見つかったら終わるよ。 車に無理矢理でも乗せたあとに山奥で殺して連れて帰る。それからはマスターに頼むけど血抜きとかしてバラすだけ」
完璧だと吉木が笑った。だが、グルは大きく首を横に振る。
「乗せる時バレるだろ?! どう自然にするんだよ……」
もし捕まったら、と考えると頭痛がする。
吉木は手をパンッと叩いて人差し指をまっすぐに指した。
「待ってましたー! はい、女装。 あの男は何人もの女の子を仕留めてるからね、僕たちが女装して車に誘うんだ。できる?」
まさかのハニトラ。グルが自分の女装した姿を思い浮かべてゾッとしていると吉木は足元の袋から衣装を取り出す。さっさと着ろという圧と共に渡した。
「おにーさん、格好いい……今空いてる?」
少し気弱な声を上げたのは吉木だった。女声も綺麗に出ていて、見た目も今どきの女という感じで普通の男なら落とされる。グルも見た目は騙せていたが、やはり女声なんて出せなかった。
「ん〜? 君も可愛いよぉ……どうしたのそんなに見つめちゃって♡」
気持ち悪い。張り倒すぞ老いぼれが、とグルが思いつつ、ウルウルと目に涙をためて顔を赤らめる。
「あたし、お兄さんのことだぁい好きだからぁ、車に来て欲しいの……最近ね、夜が寂しくって……」
(吉木?! 気持ち悪いぞお前)
演技力、恐ろしい。こんな美女に誘われたら断れるか? 言っていることが下心以外の何でもない。男は呼吸を少し荒くした。
「いいよぉ……♡」
(うわ、落ちやがった。中身はただの男だぞ。しかも暗殺者という……)
気分を悪くしているグルに気づくはずもなく、車にひょいひょい乗っていく。運転席に座った吉木はニヤニヤと口角を上げていた。