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羽海汐遠
12,098
#魔道具職人
こはる
471
フユめん
190
冒険者ギルドの前、ユリウスを見送ったユーリたちは、その後も長い間を外に立ち尽くして無事を祈っていた。
雪の勢いは徐々に強まって、立っている人々の肩や頭に降り積もる。
「戻りましょう。これ以上は体が冷え切ってしまうわ」
ティララが言って、ナナもうなずいた。
「今のあたしたちにできることは、もう何もありませんから。皆さんが帰ってきたときに、出迎えができるように、体を温めておきましょう」
「ああ、ここで俺らが風邪を引いたら本末転倒だからな」
と、コッタ。
彼らはなんとか気持ちを切り替えて、後ろ髪を引かれる思いで建物の中に戻っていく。
「ユーリさん!」
それでも動こうとしないユーリに、ナナが駆け寄った。
ナナに肩を叩かれて、ユーリはようやく我に返る。気づけば体は冷えてしまっている。
「ああもう、こんなに手を冷たくして。さあ、行きますよ」
手袋越しでも分かるほど、指先が冷え切っていた。
心配は尽きなかったけど、できることは何もなかった。
北の方角からは、不気味な地響きが絶え間なく響いてくる。
と。
――オオオオオオォォオォォオォォォォ――!!
三たびの咆哮が空気を震わせた。
それは今までの二回と明らかに違う、敵意と憎しみに満ちたものだった。
(あれが、魔王竜……!)
戦うすべを持たないユーリは、それだけで心がすくみあがってしまう。
けれどもすぐに思い直した。アウレリウスが、ユリウスが、兵士と冒険者たちが必死で戦っているのだ。安全な場所にいる自分が怯えていてどうする、と。
「ナナ、ごめんね」
だから彼女は言った。
「私はもう少し、ここでお祈りをするわ。何もならないのは分かっているけど、そうしないではいられないの」
「ユーリさん……」
「ナナは戻っていて。私も本当に冷えてしまう前に、ちゃんと戻るから」
「いいえ。あたしも付き合います」
きっぱりと言いきったナナに、ユーリは少し困ったような微笑みを返した。
「じゃあ、あと少しだけ。シロ、お前も無理はしなくていいのよ。……シロ?」
ユーリは足元にいたシロを見る。
シロはじっと北の方を見て、微動だにしない。雪に半ば埋もれながら、否、白いオーラを放って雪を寄せ付けずに、ただ北を見る。
明らかに様子がおかしかった。
「シロ、シロ、どうしたの?」
ユーリの声が聞こえる。シロにとって大事な人。
シロはずっと彼女を探していた。長い間を魔の森に潜んで、いつかやってくる彼女を待っていたのだ。
そして同時に、魔の森の深部で漆黒が目覚めたのも知っていた。
シロと黒とは因縁の深い存在。シロがユーリを見つけた以上、黒の目覚めは必然だった。
――本当なら。
シロは思う。
――本当なら、黒のやりたいようにさせるべきだ。その方が『彼女』の願いに近づく。
シロはあくまでユーリを守ればいい。他の人間にいくら被害が出ても知ったことではない。
――でも……。
シロはためらった。カムロドゥヌムに来てからの半年が、思い出となって蘇る。
ずっと孤独に過ごしていたシロにとって、人々の温かさは何物にも代えがたいものだった。
アウレリウスとユリウスは当初シロを警戒していて、会う度に体を調べられて、くすぐったかった。
そのうちに少し警戒がゆるんで、ユーリと一緒に頭をなでてくれるようになった。
カレー食堂の子供たちとは、追いかけっこをして遊んだ。
冒険者ギルドの職員たちは、おやつをこっそり分けてくれた。
町の人もシロを見守ってくれて、毎日が楽しかった。
――そうだ。それに、アウレリウス。ユリウス。
シロはユーリを見上げる。大切なユーリが心から愛する人と、大事な友人。
彼らに万が一のことがあれば、彼女を悲しませてしまう。
――だったら。
シロの心は決まった。いいやきっと、最初から決まっていたのだろう。
「ガルルルルルッ!」
シロはぐっと四肢に力を込める。封じていた魔力を開放して、体中に巡らせた。
純白の閃光がシロの小さい体を包んで、輪郭を溶かす。
「シロ!?」
ユーリが驚きの声を上げている。
光が膨張し、天に向かって|迸《ほとばし》った。
辺りを覆う白い光の中で、一度は溶けた輪郭が再び形を取る。
白くてふさふさの毛。巨大で長大な体躯。空よりも澄んで海よりも深い碧い瞳。
一匹の白竜が|巨躯《きょく》を地に伏せて、ユーリを見つめていた。
シロだった竜は頭を地面につけて、ユーリをじっと見ている。
ユーリは思わず深い瞳の色に見とれて、やがて我に返った。
「お前……シロなの?」
白竜は答えず、ただ見つめてくる。
大きな頭を擦り付けて、クゥルル……と小さく鳴いた。その甘えてくる動きは、シロにそっくりだった。
太い手を差し出して、手招きのような動作をする。
「え、なに? まさか乗れって?」
ユーリが言うと、白竜は嬉しそうに口をもごもごとさせた。
彼女は恐る恐る、白竜の背中に手を伸ばす。するとスルスルと毛が伸びてきて、ユーリをしっかりと捕まえ背中に乗せた。
「ひゃああぁぁ――っ!」
背中にユーリを乗せたまま、白竜は空へと舞い上がる。
灰色の分厚い雲の中、そこだけ一点純白の光が灯ったようだ。
白竜はそのまま高度を上げて、北の方角へ向かって飛んでいく。
「な、何が起きたの……」
地上ではナナが尻もちをついて、呆然と空を見上げていた。
白竜はぐんぐんと速度を上げて、あっという間に魔の森の手前までやって来た。
眼下ではドリファ軍団と魔物たちが激しい戦いを繰り広げている。
風の中に聞こえる剣戟、雪の白に点々と見える血の赤に、ユーリは心を強張らせた。
上空から見る戦況は、ドリファ軍団が押されているように見えた。魔物の群れは隊列の中央に食らいついて、今にも破ってしまいそうだ。
「アウレリウス!」
激戦の真っ只中に彼の姿を見つけて、ユーリは思わず叫んだ。声は寒風に吹き散らされて届かなかった――はずなのに、彼はふと空を見上げた。
「ユーリ!? それにその白い竜は、一体!」
アウレリウスの声が聞こえる。白竜が高度を下げているのだ。
「この子はシロよ! 味方だから、攻撃しないで!」
ユーリが必死で叫んで、アウレリウスは弓隊への射撃命令を取り下げた。
白竜はさらに降下して、騎馬のアウレリウスにユーリをそっと降ろした。彼は彼女を抱きとめる。
白竜は空中で身を巡らせて、ついでとばかりに尾の一撃で魔物の群れをなぎ倒した。
それから再び上昇し、魔の森の中心部へと飛んでいった。
「なんだ、今のは!」
「魔物か? しかし魔物をなぎ払っていったぞ」
兵士たちから混乱の声が上がっている。
アウレリウスはユーリに確かめた。
「あの竜がシロだというんだな?」
「ええ。冒険者ギルドの敷地で変身して、私をここまで連れてきたの」
「よし」
アウレリウスはうなずいて、声を張り上げた。
「戦友諸君! 今の白竜は味方だ。カムロドゥヌムの女神、ユーリの守護獣である! あれは我らの危機に対して、ドリファの聖霊が遣わした聖なる獣。神々は我らに味方している。必ずや勝利を!」
オオオォ――と歓声が上がった。
ユーリは今やあの町の有名人で、女神のように慕われている。食糧不足を改善して清潔をもたらし、病を減らした人だと。
白竜が魔物をなぎ倒し、ユーリをアウレリウスに渡した場面は、多くの兵士たちが見ていた。
だから兵士たちは、アウレリウスの言葉を素直に受け取った。苦しい戦いの中での希望を見出したのだ。
兵士たちは士気をさらに高めて、もう一度戦いの場へと身を投じた。
コメント
1件
いやあ、第69話、ついにシロの正体が明らかになりましたね…!ずっと「ただの白い子犬?」と思って読んでいたので、白竜への変身シーンは本当に鳥肌が立ちました。特に「シロだった竜」がユーリに頭を擦り付ける甘え方、あの仕草がそのままだという描写がにくいです。それと、シロの「黒の目覚めは必然だった」という内面パートがすごく気になります。この因縁、きっと物語の根幹に関わるのでしょうね。アウレリウスの「聖なる獣」演出も、戦場での士気向上として巧い脚本だと思いました。次はシロと黒の対峙、楽しみにしています!