テラーノベル
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「いいですか? 今の我が社に決定的に足りないものは……」
黒川は会議室のホワイトボードをペンで叩きながら言った。
「それは、魂と魂がぶつかり合う『密』な関係です! 物理的な距離を捨て、精神的なディスタンスをゼロにする。本能を剥き出しにする。それが停滞した組織を動かす、唯一の方法なんです!」
初夏の朝だった。
窓から爽やかな風が入ってくる、平和なはずの第三会議室。
しかし室内の空気は、一人の女性のせいで完全にサウナ化していた。
企画開発部の黒川だ。
社内では「歩く産業廃棄物」「給料泥棒の完成形」と呼ばれている。
そんな彼女が今日も、まっすぐな――しかし完全に光軸のズレた――目で語り続けていた。
「黒川さん……」
部長の諌山が眉間を揉みながら言った。
「あなたの言いたいことは、ほんの少しだけ理解はできます。でも」
彼女は深呼吸した。
「これまであなたが企画したイベントが、どんな結末を迎えたか。もう一度思い出してみてください」
諌山の脳裏に、過去の惨劇がよみがえった。
一つ目。「地獄のビンゴ大会」。
景品は『残業代なしの居残り特訓券(黒川による三時間の精神論講義付き)』。
リーチがかかった瞬間、社員の顔から生気が消えた。
ビンゴが成立した瞬間、「死刑宣告」を受けたように泣き崩れる者が続出した。
翌日、労働基準監督署への匿名通報が相次ぎ、会社は三ヶ月間の立ち入り調査を受けた。
二つ目。「社内サバイバルゲーム」。
「オフィスの死角を把握し、危機管理能力を高める」という名目で、執務エリアが戦場になった。
シュレッダーのゴミを雪のように降らせて視界を遮り、デスクの裏からコピー用紙の手裏剣を連発。
重要書類が大量に紛失した。
ビル管理会社から「即刻退去」をちらつかせた厳重注意が届いた。
三つ目。「激辛流しそうめん大会」。
竹樋を流れてきたのは、デスソース入りの液体だった。
もはや食品の体をなしていなかった。
唐辛子成分が揮発し、役員室の前に救急車が三台並んだ。
黒川のボーナスは全額、役員たちの通院費と慰謝料に消えた。
「黒川さん」
諌山の声が低くなった。
「あなたの情熱だけは認めます。ですが、いい加減にしてください。今度問題を起こせば、私の首も、あなたの居場所も、物理的に吹き飛びます」
そのとき。
壁の大型モニターが切り替わった。
全社への緊急通達が映し出される。
『我が社は本日より、次世代の成長戦略として、世界的に急成長を遂げる「eスポーツ事業」への本格参入を決定する。社員諸君、斬新なアイデアを求む』
黒川の頭の中で、何かが弾けた。
「……eスポーツ? e……」
彼女の目が輝いた。
「そうか、ついに来たのね! 『エロい(e)スポーツ』! 裸一貫、本能をさらけ出す時代が来たんだわ!」
翌朝。
疲弊しきった諌山のデスクに、一枚の企画書が置かれていた。
タイトルはこうだった。
『新規事業案:野球拳競技化計画(通称:eスポーツ)』
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