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「あなた、正気ですかッ!」
翌日、諌山の怒号が廊下まで響き渡った。
「野球拳ですって!? 脱がせる? 裸にする? 今の時代にそんな企画、即刻不採用です! というか今この瞬間から法的に消えてください!」
「待ってください、部長!」
黒川はテーブルを叩いて立ち上がった。
「私が提案しているのは低俗な宴会芸じゃありません! 脱がなければならないという絶体絶命のピンチで、いかに己の尊厳を守るか。いかに相手を圧倒するか。これは現代社会を生きるビジネスパーソンの苦悩の縮図です。つまり、哲学です!」
「哲学なものですか! 百パーセント屁理屈です!」
「――面白いじゃないか」
重低音のような声が、室内の空気を一瞬で変えた。
奥の窓際に座る初老の男性。
鉄面皮の合理主義者、大河内専務だ。
彼は老眼鏡を少しずらし、鋭い目を黒川に向けた。
「専務!? しかし、こんな企画では会社の品位が……」
「諌山君。君は形に囚われすぎて、本質を見誤っているぞ」
専務はゆっくりと企画書をめくった。
「スポーツとは、ルールという制約の下で行われる『他人と本気で向き合う遊び』だ。この企画の肝は脱ぐことではない。『脱がされた上で、代わりに何を装備するか』。その戦略性と防御の美学にある。そうだな、黒川君?」
黒川は深くうなずいた。
「仰る通りです! 失った外装(スーツ)の代わりに、その場にある物を『アーマー』として纏い、土俵に踏みとどまる。絶対に肌をさらさない。装備の山の中で倒れるのが、プロとしての誉れです!」
専務はゆっくりと立ち上がり、黒川の前まで歩み寄った。
「一つ条件を出そう。ただ脱ぐだけなら公然わいせつだ。だが、脱ぐ代わりに『責任(ペナルティ)』を身に背負い、その重さを力に変えるルールを作るなら。それはアーマード・スポーツへと昇華するだろう。やってみるかね?」
「全裸よりも厚い、鋼鉄の信頼を築いてみせます!」
こうして奇妙で重厚な新事業プロジェクトが、密かに動き出した。
「黒川さん! もう限界です! ガムテープを腕に直接巻いたら、踊るたびに産毛が引きちぎられていきます!」
「耐えなさい! その痛みが生きている証拠です! 剥がされる恐怖に打ち勝つ皮膚の抵抗力が、あなたの防御力を底上げするんです!」
開発拠点は本社ビルの地下倉庫。
夜な夜な、謎の呻き声が響き渡った。
黒川が考案した新ルールは、過酷な人体実験を経て少しずつ形になっていった。
『装甲野球拳(Armored E-Sports)』公式レギュレーション
・基本ルール:野球拳のリズムに合わせて、じゃんけんを行う。
・敗北の代償:負けた者は衣服を一枚脱ぐ。規定のインナーになった時点で「裸身状態」と定義する。
・換装:衣服を失った者は、即座に運営指定の「オフィス備品」を装備しなければならない。
・防御力の定義:装備は重く、バランスが悪いほど「防御ポイント」が高くなる。
・敗北条件:リズムを止める、装備の重さで転倒する、物理的に装備不可能な状態になる。
・勝者:最後まで踊り続け、最も多くの「社会的重荷(オフィス備品)」を背負った者が真の勇者となる。
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