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洒落たバーでもないし、音楽が流れてるわけでもない。周りに人がいない、ただのベンチ。でも、なんだろうな――肩の力が抜ける。誰かと話すのって、こんなに楽だったっけ。
……てか、名前ぐらい聞いた方がいいか。
「えっと、お前、名前は?」
「俺? 拓実。開拓の“拓”に、“実る”でタクミ。そっちは?」
「……遥」
「はる?」
拓実の目が一瞬、ちょっとだけ丸くなった気がした。
俺はそれを見て、苦笑いしながら言った。
「……そ、ハル。漢字は“遥”って書くんだけど。女っぽいよな」
「え? 全然そんな感じしないよ」
拓実はあっさり否定して、ちょっと驚いた顔でこっちをじっと見てきた。
「“遥”って響き、柔らかくて優しそうでいいじゃん。字も、なんか綺麗だし」
「……そうか」
誰かに名前褒められたの、いつぶりだろう。
恋人はそんなこと、絶対言わなかった。むしろ、「中性的すぎる」って笑ってたんだ。
拓実はそんなこと知らないのに、真っ直ぐな声で続ける。
「名前ってさ、最初にもらうプレゼントみたいなもんだろ? 響きとか意味とか……そういうの考えたら、“遥”って名前、俺はけっこう好き」
不意にそんなことを言われて、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
思ってもみなかったタイミングで、優しい言葉が差し込まれると……ずるいな、こういうの。
「……めっちゃいいやつだな、お前。イケメンのくせに」
照れ隠しのつもりで茶化すと、拓実がふっと笑った。
「ん? 惚れた?」
「は?」
「いや、冗談」
苦笑しながら缶を口に運ぶその横顔が、妙に穏やかで、どこか遠くを見てるようで。
俺はぽつりと漏らした。
「……拓実の恋人は、幸せだな」
その言葉に、拓実は少しだけ目を細めて、また笑った。
「俺、恋人いないんだよね」
「……マジかよ? イケメンだし、モテそうなのに」
「いや、付き合ってもさ、なんか違うなって思っちゃってさ。“本気で好きだ”って思える相手に、まだ出会ったことないんだよな」
「……そっか。……でも、これから見つかると思うよ」
自然と出た言葉だった。
たぶん、こいつなら、誰かをちゃんと大事にできるんだろうなって――そんなふうに思ったから。
「……遥の恋人って、どんな人?」
ふいに聞かれて、一瞬言葉に詰まる。少しだけ、間を置いてから答えた。
「俺か。……相手、男なんだけど」
「……へぇ」
「今の恋人が、初めて付き合った人でさ」
「そうなんだ」
「最初は、お互い好きだった……と思う。笑い合ったりしてさ、普通に楽しくて……」
缶を持つ手に、気づかないうちに力が入ってた。
「でも気づいたら、相手の顔色うかがって、機嫌損ねないように、って……」
「……そっか」
拓実の声は、相変わらず静かだった。
なんにも否定しないし、軽く流すわけでもない。ただ、黙ってちゃんと聞いてくれてる。
その感じが、ありがたかった。
「……俺、自分が我慢してれば、うまくいくと思ってた。でも……酷いこと言われたり、されると……」
言いながら、自分でも驚いた。
本当は、誰にも言いたくなかったことなのに。
ちらりと見た拓実の顔が、ほんの少しだけ曇っていた。
「……彼氏、モラハラっぽい感じ?」
「あっ……いや、今のは、ちょっと……ごめん、なんか愚痴っぽくなってんな」
あわててごまかすと、拓実は軽く首を横に振った。
「いいって。……遥ってさ、恋人に気ぃ遣いすぎなんじゃね? 優しいよな」
「……別に」
「でもさ。優しいやつって、損すること多いじゃん。相手のことばっか考えて、自分がしんどくなってるのに、それ、相手に気づかれなかったりしてさ」
その言葉が、じわっと胸の奥に染みた。
ずっと張ってた糸が、少しだけ緩むのを感じた。
……なんでだよ。
出会って間もないくせに、なんでそんなこと、言えるんだよ。
だけど、悪い気はしなかった。
そんなふうに思われるのも、ちょっとだけ――嬉しかった。
ずっと胸の奥で燻ってたことを、初対面のくせにあっさり言い当てられた気がして、何も言えなくなった。
「あぁ……」
声にならない声が漏れて、拓実はちょっとだけ笑って言った。
「俺だったら、大事な人にはそんな顔させないけどな。やっぱ、笑っててほしいし」
軽い口調のくせに、妙にまっすぐで――ほんと、ずるい。
思わず、目の奥がじんわり熱くなるのを誤魔化すように、視線をそらした。
「ありがとな。……にしても、初対面でこの展開、けっこう変じゃね?」
苦笑まじりにそう言った俺に、拓実はふっと目を細めて、どこか嬉しそうに言った。
「お、やっと笑ったじゃん。……かわいい顔」
「は? かわいいって、なんだよ」
思わずツッコんだけど、口元が少しだけ緩むのが自分でもわかった。
……なんだそれ。でも、不思議と肩の力が抜けていく。
ちゃんと話を聞いてくれる誰かがいるって、思ってたより――ずっと、救いになるもんなんだな。
まぁ、あいつにも、言い分があるのかもしれない。
でも結局、俺が空気読んで我慢して、黙ってるのをいいことに――
あいつは平気な顔して不機嫌になって、気づいたら俺が悪いみたいな空気になる。
……正直、それってズルいよな。
「……なあ遥。俺は別にいいけどさ、お前、帰んなくて大丈夫? 恋人、怒ったりしない?」
拓実のその言葉に、ほんの一瞬だけ呼吸が止まった。避けてた話題。踏まれたくなかった地雷。
「あー……たぶん、怒ると思う。ていうか、勢いで飛び出してきからな……」
「そっか……」
しょんぼりしてるつもりはなかったのに、口を開いた途端、声が勝手に沈んでた。
自分でも情けないと思いながら、俺はベンチから腰を上げる。
「……しゃーねぇ、帰るわ」
その動きにあわせるように、拓実も立ち上がった。
でも、すぐには動かず、じっと俺を見てくる。
「……遥、本当に、大丈夫か?」
「ああ、……って、え?」
返事する間もなく、ふわっと抱きしめられた。
ほんのり甘い匂いがして、思考が一瞬止まる。
「……な、なんだよ、急に」
うわずった声を誤魔化すように、少しだけ距離を取ろうとしたけど――
拓実はその腕をゆるめなかった。
「なんかさ……気になっちゃって。お前のこと」
「ふは、軽く手ぇ出すなよ……」
「ちがうって。でも、ごめん」
優しくされるの、悪くなかった。
ていうか、本当はずっと、誰かにこうしてほしかったくせに。
突っぱねるべきなのに、できなかった。情けねぇな、俺。
「なぁ遥。……またなんかあったらさ、ちゃんと言えよ。俺、力になるから」
「……ありがと」
「で、連絡先は?」
「スマホ、忘れた」
「……おい」
思わずふたりで笑って、気づけば駅前で立ち止まってた。
何かが変わったわけじゃない。
でも、ほんの少しだけ――救われた気がした。