ある日,仕入れに出かける父を見送りに店先まで出ると,彼が入り口の横に立っていた.父もそれに気づいていつもより足早に去った.
「わざわざお待ちいただいて,申し訳ありません.」
「こちらが早く来すぎただけだ.あの方はそなたの父か.」
「はい.ちょうど品物の仕入れに出かける所でした.今日は何をお探しですか.」
「洋書を見にきた.」
「佐用ですか,是非ご覧になってください.こちらにあります.」
彼は本棚やその辺に積まれた本をしばらく眺めて.
「これはどこの国の本だ.」
「ロシアのものです.」
「どんなことを書いている.」
「確か歴史の事だったかと.」
「読んだのか.」
「いえ,父がそう言っていました.ロシア語は英語より難しいので,私はあまり手にとらないのです.」
「確かに文字とは思えん記号だらけで読むに耐えんな.ん,この本は英語か…やはりロシア語より見やすいな.」
「それは幼子向けの物語です.」
「外国の子どもがこんなものを読んでいるとは.」
「幼子向けだけあって,とても分かりやすいので私はよく読みます.」
「…そうか.じゃあこれを.」
「承知しました.これなら,誰も幼子向けの本読んでるなんて気づきませんし,洋書を読む素敵なお方で通りますよ.」
「ム,からかいおって.そなたが読めるくらいだから,必ず読みきってみせる.」
「ご感想お待ちしてますね.」
彼の笑顔を垣間見ることができてちょっと嬉しいと思いながら,いつものように頭を下げて見送った.
「あのお方,笑って挨拶してくれたわ!!お声まで素敵な方なのね!!」
度々店に来るようになってから,彼は笑って挨拶してくれる.初めてそれをみた友人はすっかり浮かれていた.
また,店では紅茶を飲みながら本の感想を言い合ったり.
「(逢瀬を重ねているみたい.)」
きっと彼は逢瀬だなんて思ってはいないだろうが.そんな事が続き,季節は巡って.
「いらっしゃいませ…!?まぁ,その格好は.」
「無事に陸軍士官学校を卒業して,歩兵第27聯隊の少尉に就任することになった.」
「おめでとうございます.大変喜ばしい事なのでお店のものどれか1つ,お代は頂かないことにいたします.」
「そげんこっしてがられんか.」
「え??」
「あ,いや.そなたが叱られないか心配で.」
「薩摩弁初めて聞きました.大丈夫ですよ.父は貴方のことを存じておりますので,きっと私と同じことをするでしょう.」
「方言では威厳が出ないのでなるべく話さないようにしていたのだが….」
赤面しつつも彼は店内をじっくり見る.
「これは.」
「首飾りです.」
「綺麗だ.」
「よく殿方が奥方へ贈るそうですよ.」
「そうか….」
彼はおもむろにそれを私に着けて,首飾りの代金を握らせた.
「え!?いや,あの!!」
「あたいからん贈り物じゃ.」
そう言って彼は本を1冊手にとって.
「お言葉に甘えて,この本をいただこう.明日から旭川に配属される.しばらく会えないが,元気でな.」
と店を出た.
「はい!!貴方様もお体に気をつけて.ご武運を祈っております!!」
いつもより一層深く長く頭を下げた.
初めて見かけた時から抱いていた淡い恋心が実った驚きと喜びもひとしおに店に戻った.
コメント
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いっや、もうまじで語彙力が無くなるぐらい(元から無い)最高なお話でした!鯉登チャン途中でからかわれるの反応可愛いし、最後の最後で急に大人の雰囲気だして首飾りとお金渡して本を貰って去っていくのはよかにせすぎる...!😭夢主ちゃんが最後の最後に恋心を自覚してしまうのはもう..あれですよっ...(語彙力)