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第156話:秋風と、ヒグマの不審な穴掘り
黄金色のカボチャを巡る世界規模の狂騒がようやく落ち着き、ドバイからの莫大な公金が村の口座を潤した数日後。
十勝の限界集落には、肌を刺すような冷たさを孕んだ晩秋の風が吹き抜けるようになっていた。
防風林の木々はすっかり葉を落とし、遠くに見える大雪山の山頂は、うっすらと白い雪化粧をまとっている。
北海道の秋の終わりは、驚くほどに足が速い。油断していれば、あっという間にすべてを白く染め上げる冬の将軍がやってくる。
そんな冷涼な空気の中、我が家の古民家の縁側では、純白の神獣シロ様が座布団の上で綺麗に丸くなっていた。
彼女がふと顔を上げると、朝陽の光を受けて、左右で異なる神秘的な輝きを放つ『オッドアイ』の瞳がキラリと煌めく。
片方は深いサファイアのようなブルー、もう片方は温かみのある琥珀色。その美しい二色の瞳は、変わりゆく季節の情景を静かに見つめていた。
「ふぅ……。今日も空気が冷たいな。そろそろ薪ストーブの本格的なメンテナンスと、陣地の防寒補強を完了させねば」
俺——アキヤは、縁側で水筒の熱いほうじ茶を一口啜り、これからの厳しい冬を乗り切るためのロジスティクス(冬支度)の計画を脳内で組み立てていた。
だが、そんな俺の静かな思考は、庭の奥から響いてくる凄まじい地響きによって中断されることになる。
ズゴゴゴゴゴゴゴッ!! ドガシャァァァンッ!!!
「お、お兄さぁぁぁぁぁんっ!!! 大変です! 庭の隅で、ヒグマさんがとんでもない大暴走を始めてますっ!!」
割烹着をパタパタと揺らしたパニック伝令兵こと小春ちゃんが、居間から素っ頓狂な悲鳴を上げて飛び出してきた。
「落ち着け小春ちゃん。あの巨大猫(ヒグマ)がまたお腹を空かせて畑のコンテナでも壊したのか?」
「違います! なんか、ものすごい形相で地面を猛烈に掘り進めてるんです! もう庭の一部がクレーターみたいになってますっ!」
俺は素早く水筒を肩に掛け、ジンバルに固定したiPhone miniを起動。シロ様をそっと抱き上げて肩に乗せると、小春ちゃんと共に庭の裏手へと向かった。
防風林の手前、普段は静かにサツマイモを食べているはずのエリアに到達した瞬間、俺たちの視界は猛烈な土煙によって遮られた。
フゴォォォォォッ!!! グルォォォォッ!!!
土煙の向こうで咆哮を上げながら、凄まじいパワーで大地を削り取っているのは、体長3メートルの巨大ヒグマだった。
重機さながらの太い両腕を高速で振り下ろし、鋭い爪で硬い十勝の土壌をザクザクと引き裂いては、後方へと豪快に吹き飛ばしている。
すでに掘り進められた穴は、ヒグマの巨体がすっぽりと半分ほど埋まるほどの深さに達しており、さながら大規模な土木工事の現場だった。
「ひゃあぁっ! すごい土煙! お兄さん、ヒグマさん一体どうしちゃったんですか!? もしかして、野生の本能に目覚めて冬眠の準備(穴掘り)をしてるんじゃ……っ!?」
小春ちゃんが顔を腕で覆いながら、ガタガタと震える声で尋ねてきた。
だが、俺はジンバルを構えたまま、そのダイナミックな掘削作業を元・陸上自衛隊需品科としての冷徹な戦術眼で見つめていた。
「いや、小春ちゃん。あれは単なる生物的な冬眠の準備ではない。来たるべき厳冬期の防衛戦を見据えた、前線陣地の再構築(塹壕掘り)だ」
「ざんごうっ!?」
「あぁ。冬の猛吹雪や外敵の視線を遮断し、拠点の隠蔽性を高めるための『掩体壕(えんたいごう)』の設営。あの巨体でありながら、土工小隊並みの迅速さで防衛線を構築するとは、実に優秀な工兵部隊と言わざるを得ないな」
俺が【日常チャンネル】の生配信ボタンを押した瞬間、晩秋の早朝にも関わらず、一千万人を優に超える常連リスナーたちがチャット欄に怒涛の勢いで雪崩れ込んできた。
『朝からヒグマのガチ土木工事始まってて草wwww』
ゆうき あきや
4,132
259
#心理描写重視
『完全にパワーショベルの動きじゃねえか!!』
『主の需品科脳がまたミリタリー規格でバグり始めてるぞww』
『冬眠用の穴を塹壕って呼ぶの主くらいだわwww』
『(ドバイの石油王からの¥50,000MeTubeギフト)=”Incredible digger! Master, that bear has better construction skills than my oil drilling teams! I’ll buy him a golden shovel!“(驚異的な掘削者だ! 主よ、あのクマは我が油田の掘削チームより優秀な技術を持っている! 黄金のシャベルをプレゼントしてやろう!)』
『(ハリウッド女優シャーロットからの$5,000MeTubeギフト)=”Oh, the fluffy engineer! Shiro is watching him so intently! So cute!“(あら、もふもふの技術者ね! シロが凄く真剣に見つめてるわ! とても可愛い!)』
画面の向こうで世界中のVIPたちが大はしゃぎし、極彩色のスパチャが秋の落ち葉のようにチャット欄を埋め尽くしていく。
俺の肩の上では、シロ様がその美しいオッドアイの瞳を細め、「しっかり掘りなさい」とでも言うように、威風堂々とヒグマの作業を監視(応援)していた。
ヒグマはシロ様の視線を感じてさらにハッスルしたのか、「グルォォォッ!」と咆哮を上げ、さらに深く、地球の核を目指すかのような勢いで爪を突き立てた。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ……!!!
突如として、古民家の敷地全体を揺るがすような、不気味な地鳴りが足元から響いてきた。
「キャッ!? お、お兄さん、地震ですか!?」
小春ちゃんが俺の戦闘服の袖に飛びついてくる。
掘削のド真ん中にいたヒグマも、何かの異変を察知したのか、慌てて「キュインッ!?」と情けない声を上げて穴から飛び退いた。
次の瞬間。
ドゴォォォォォンッ!!!!!
地底の封印が解き放たれたかのような大爆音と共に、ヒグマが掘り進めていた穴の底から、直径2メートルはあろうかという巨大な『水柱』が、天高く猛烈な勢いで吹き上がった。
それだけではない。吹き上がった大量の水からは、視界を真っ白に染め上げるほどの濃厚な『真っ白な湯気』がモクモクと立ち上り、あたり一面を一瞬にして包み込んでいく。
周囲の空気が、晩秋の寒さを一瞬で忘却させるほどの、圧倒的な熱気と、どこか懐かしい独特な『硫黄の香り』で満たされていく。
真っ白な湯気の向こうで、吹き上がる水柱が朝陽を浴びてプラチナ色にキラキラと輝いていた。
「う、嘘……熱いお湯……? お兄さん、これって、もしかして……温泉じゃありませんか!?」
小春ちゃんが、湯気に濡れた顔を拭いながら、驚愕のあまり腰を抜かす勢いで叫んだ。
そう、巨大ヒグマが猛烈な勢いで塹壕を掘り進めた結果、限界集落の地底深くに眠っていた、手つかずの広大な『天然温泉の源泉』をピンポイントでブチ抜いてしまったのだ。
一千万人を超える画面の向こうのリスナーたちも、この「スローライフの庭から温泉が爆湧きする」という超絶的な展開に、全人類規模で盛大に腰を抜かしていた。
『うわあああああ!! 本当に温泉が出やがったぞ!!!』
『ヒグマ、冬眠用の穴を掘るついでに源泉掘り当てるとかチートすぎんだろww』
『限界集落に天然温泉爆誕wwwこれで完全無欠の別荘地じゃねえか!』
『シロ様のオッドアイが怪しく光った瞬間に出たから、絶対神獣の加護だわこれ!!』
『(スイスの銀行家からの¥50,000MeTubeギフト)=”Unbelievable dynamic! The land value of this sanctuary has just multiplied by a hundred times! This is a legendary resort development!“(信じられないダイナミックさだ! この聖域の土地価値が今の一瞬で百倍に跳ね上がったぞ! これは伝説的なリゾート開発だ!)』
世界中の大富豪たちが狂喜乱舞し、画面が宇宙規模の祝福(スパチャ)で極彩色に染まり狂う中。
俺は一人、静かに近くの軽トラックの荷台に腰掛け、シロ様を安全な膝の上に降ろすと、おもむろに保冷バッグから『新調したての』タッパーを取り出していた。
中に入っているのは、完璧な水加減で炊き上げられた『冷やし玄米』と、自家製の『大豆ミートと十勝産キノコの秋風炒め』である。
「……よし。前線陣地における、未知の高温液体の噴出を確認。これより指揮官は、これからの緊急災害対応(温泉の処理)に備え、己の血糖値を最適化するための定時エネルギー補給を開始する」
俺は、もうもうと立ち込める温泉の湯気と硫黄の香りに包まれながら、一切の感情を排した元・社畜の顔で、ストイックに大豆ミートを玄米の上でワンバウンドさせて咀嚼し始めた。
(……ふむ。キノコの食物繊維と、大豆の植物性タンパク質。緊迫した防衛戦において、これ以上の兵站はないな)
脳内で完璧な栄養計算を執行していたが、俺は需品科としての『庭から温泉が吹き出そうとも一ミリもブレない鋼のポーカーフェイス』を維持し、淡々と咀嚼を続けた。
「お、お兄さぁぁぁん!!! 目の前で体長3メートルのヒグマさんが大地の源泉をブチ抜いて、1ミリも見通せないほどの極上天然温泉が爆湧きしてる歴史的な大奇跡の瞬間に、なんで一人だけ秋の冷たい風の中で真顔で『キノコ大豆ミート』をストイックにモグモグ咀嚼できるんですか!!」
小春ちゃんが完全に理性を失い、庭の冬支度用に物置から出しておいた、土を均すための長さ約一メートルの『木製の園芸用レーキ(トンボ・頑丈なカシの木仕様)』を両手でバズーカのように構え、凄まじいジト目でツッコミを入れてくる。
だが、俺は玄米の咀嚼を止めない。
「小春ちゃん、取り乱すな。どれほど高熱の水柱が地底から強襲してこようとも、元・陸上自衛隊需品科たるもの、定時給食(エネルギー補給)という基本ルーティンを怠ってはならない。いかなるオカルト現象の前でも己の代謝サイクルを一定に保つ。これが需品科の鉄則だ」
俺は水筒の熱いほうじ茶で喉を潤すと、二千万人を突破してシステムを完全に物理破壊しかけている配信カメラにキリッとした真顔を向け、いつもの『限界言い訳タイム』を発動した。
「世界中の皆さま。画面の向こうで、ヒグマが温泉を掘り当てて奇跡の聖域スローライフが始まったと感動されているかもしれませんが、冷静になってください」
『出たァァァァァ!!!』
『直径2メートルの温泉が吹き上がってるのに、絶対に認めない男!!!』
『主の限界言い訳タイム・温泉発掘編ww』
『さあ、この極上の源泉をどうやって現実科学で論破するつもりだww』
俺は淀みない口調で、極めてフラットに言い放った。
「これは温泉でも何でもありません。先ほど発生した現象は、大型哺乳類(ヒグマ)の過剰かつ高速な掘削運動によって、強靭な爪と土壌の間に猛烈な『摩擦熱エネルギー』が発生し、地下の極めて浅い帯水層に含まれていた水分が一気に気化しただけの、純粋な『局所的水蒸気爆発』に過ぎません。独特の硫黄の香りやプラチナ色の発光も、地中のリン光成分や硝酸塩成分が摩擦熱によって一時的にイオン化した、ただの『土壌の化学副産物』です。ええ、すべてはただの『過度な摩擦熱による水蒸気噴出』と『地殻成分の熱化学反応』ですね」
「んなわけあるかあああ!!!」
バコォォォォォンッ!!!!
小春ちゃんが、持っていた頑丈な木製レーキを全力で振りかぶり、俺の背中に向かってパーフェクトな満塁ホームラン級・トンボスマッシュを見舞った。
カシの木が肉体に激突した、乾いた、しかし骨に響くような凄まじい大爆音が、十勝の晩秋の空へと虚しく響き渡る。
「摩擦熱で、こんなにお肌がスベスベになりそうな極上の100パーセント源泉掛け流しのお湯が湧き出るわけないでしょうが!! 熱化学反応じゃなくて、ヒグマさんの圧倒的なフィジカルと、シロちゃんのオッドアイがもたらした最強の幸運バフが、この村に最高の温泉をプレゼントしてくれたんですよ!! 自分の家のペットたちの規格外の有能さを素直に認めなさいよ!!」
『小春ちゃんの木製レーキスマッシュ炸裂www(いい音)』
『局所的水蒸気爆発(どう見ても最高級の天然温泉)』
『地殻成分の熱化学反応(極上の硫黄泉)』
『適応力バグおじさん、ついに温泉の爆湧きまでヒグマの摩擦熱のせいにして言い張るww』
『言い訳の無理矢理さが、世界の地質学会から苦情が来るレベルww今日も腹痛いわww』
俺の理不尽極まりない地質学的な限界言い訳と、小春ちゃんのキレキレのレーキツッコミに、土煙と湯気の中で縮こまっていたヒグマは「グゥ……(主の屁理屈には勝てねえぜ)」と呆れたように鼻息を漏らし、二千万人を超えるチャット欄のリスナーたちも、腹がよじれるほどの大爆笑の渦へと叩き落とされた。
『ミャウ(ふふっ、相変わらずお湯より熱い屁理屈をこねる下僕ね)』
俺の膝の上で、シロ様が満足げにその美しいオッドアイの瞳を細め、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、温かい湯気の香りを心地よさそうに楽しんでいた。
キツネ兄弟も、湯気の周りで「キュイン!」と嬉しそうに飛び跳ねている。
「……まぁ、理由はどうあれ。これだけ高温の熱源が確保されたなら、これからの厳しい冬に向けた村の暖房コストおよび燃料問題(ロジスティクス)は永久に解決するな。作戦としては完全勝利だ」
俺は背中のレーキの鈍い痛みをさすりながら苦笑し、シロ様の純白の背中を撫で、水筒の熱いほうじ茶をゆっくりと飲み干した。
激務に潰されて逃げ込んできた、この限界集落。
最初は一人で静かに暮らすつもりだったが、今では世界一尊いオッドアイの神獣と、最強の土木工兵ヒグマ、騒がしい女子高生、そして世界中を巻き込んで大暴走する富豪たちに囲まれた、世界一バグった『絶対の聖域』になってしまった。
ヒグマの放つ圧倒的な掘削力と、元需品科のブレない大豆ミート咀嚼。
限界集落の晩秋は、庭から立ち上る真っ白な湯気と大爆笑に包まれながら、世界一贅沢な『秘湯スローライフ』の新章へと、どこまでも力強く突き進んでいくのだった。
コメント
1件
いやあ、今回もぶっ飛んでるけど、なんだかんだでこの作品らしさ炸裂でしたね。「ヒグマが塹壕を掘る」って発想がまずツボなんですけど、まさか本気で温泉を掘り当てるとは思いませんでした(笑)。シロ様がじっと監視してたタイミングで出てきたあたり「やっぱり神獣の導きか」って納得してしまいましたよ。そしてアキヤさんの「摩擦熱で水蒸気爆発」理論はもう芸術の域。小春ちゃんのレーキスマッシュも爽快だった。設定のバカバカしさと、地質学的な理屈を真面目に並べるギャップが最高です。