数人の騒がしい話し声が聞こえ、僕は違和感を感じながら目覚めた。違和感の理由は間違いなく、少しの懐かしさと小ささを感じる学校の教室の机に突っ伏して寝ていたからだ。自分で言うのはアレだが、学校内では優等生として振る舞っていた僕にとって学校の机で寝るというのは程遠い経験だった。そんな遠い昔のことを思い出しながら、ゆっくりと頭を上げる。予想通り…というより当たり前だが、僕は学校の机に手を置き、学校の椅子に座っていた。目の前には僕の身長の倍ほどの高さの黒板、左側には釘や板で固定されている大きな窓が僕を監視していた。僕は窓から視線を逸らすと、先ほど声がした方へ顔を向けた。僕以外には同年代の男女が6名。誰かと話していたり、見えもしない外を眺めていたり、今にも泣き出しそうな表情をしていたり…人間観察は趣味ではないが、少しだけ人間観察をする人間の心が分かったような気がする。誰かと話したいわけでも外に出たいわけでもない僕は、声がした方へ顔を向けた。どうやら男性と女性が今の状況について情報交換をしているようだ。
「つまり沙桃【さとう】さんも目が覚めたらここにいたということですね。そして、誘拐前の記憶は無いと。」
男性は、尋問している警察のように冷静で少しの怖い雰囲気を纏っていた。彼の黒く長い髪は後ろの下の方で結われていて、紫色の宝石のような目がキラキラと輝いている。カラーコンタクトだろうか。服装はスーツとスラックスというフォーマルな格好だ。
「はい。それにしても…どうして教室に……」
女性は(とても近いというわけではないが)男性との位置的な距離が近い。この不可解な状況に恐怖を感じつつ、人がいることに安堵しているようだった。彼女は、黒いリボンで後ろ髪を結い、肩下ほどの桃色の髪をハーフアップにしている一方で白いTシャツとGパンといったシンプルで動きやすそうな服装だ。
「教室に人々を集めたただの愉快犯かとも思いましたが、それにしては少々…いえ、かなり手が凝っていますね。何らかの意図を感じるような……」
「はい!どーーも!!!みんな起きたみたいだね!」
黒髪の男性がそう言った刹那少し幼さを感じる女性が教室の扉を勢いよく開けて中に入ってきた。彼女は黒髪を後ろでお団子にし、第二ボタンまで外した白いシャツに黒と赤のチェックのネクタイ、生徒指導の教師がいたら、間違いなく注意されそうなほど短いスカートを足に通している。彼女に怪訝そうな視線を向ける数名を無視し、彼女はツカツカと黒板の前まで移動する。彼女は迷いなく白いチョークを手に取ると、黒板に名前を書き始めた。名前を書き終わると、彼女はこちらに向き直り、屈託のない笑顔を浮かべた。
「改めてはじめまして!僕は依神 炉命【よりがみ ろいの】!今から始めるデスゲームのゲームマスターを担当するよ。短い間よろしくね!」
「えっ……と、ごめんなさい。あなた今デスゲームって言った?ドッキリにしては笑えないけれど……」
先ほど見えもしない外を眺めていた女性が控えめに手を挙げて、そう呟いた。彼女はセミロングの茶髪を下ろしてふわふわとカールさせ、白いオフショルダーワンピースを着ている。炉命は彼女の発言に真剣そうな顔でうんうんと頷いた後、再び満面の笑みを浮かべて答えた。
「うん!ドッキリじゃないからね!……さてと、これ以上話が逸れたら怒られちゃうからゲームの説明をしようか!ルールについては印刷してきたからまずはこれを見てほしいな!質問があったら、手を挙げてね!」
彼女はそう言った後、両手をパンッと叩き、全員に冊子を配った。表紙にかわいらしい動物や花が描かれているにも関わらず「デスゲームについて」と達筆な字で書かれている。確実に彼女はバランスという言葉を知らないのだろう。
【ルール説明】
ゲームクリア(以下卒業)の条件には以下の2つがある。※1つでも満たされていなければ卒業できないため注意すること。
・3日以内に名前や職業以外の失われた自分の記憶を取り戻すこと。
・3日以内に学校の何処かにあるコインを10枚集め、ゲームマスター【炉命】に見せること。
【卒業】
・あなた達は罪を犯した。忘れたままではいけない。あなた達は知らなければいけない。しかし、強欲にモノを望んだ者たちに待つのは死のみ。
【校則】
・学校の外に出ないこと(校庭は例外)
・ゲームマスター【炉命】に逆らわないこと。
・夜時間(17時~4時)には探索しないこと。
【その他】
・朝時間(5時~16時)は自由に探索をしていいが、夜時間は体育館か教室で待機すること。
・体育館で購買・ショップをやっている。自由に活用してよい。
・コインの一方的な譲渡○
・人が死ぬ可能性があるため注意すること。
◇◆◇◆
一応文章をすべて読み終えて、辺りを見渡す。顔を真っ青にして読んでいる人達がほとんどだった。死という単語がこんなに軽々しく出てきている時点でそれはそうだろうな、とすぐに納得した。それに、彼らはもう何も覚えていないのだから。
…………ただ1人、僕を除いて。
「読んだかな?ここに書いてあるとおり、これから君達には……」
「…本当に…ドッキリではないんですね。」
1人の男性が蚊の鳴くような小さな声で呟いた。赤色の髪の毛先を白色に染めたボブを外カールさせ、第一ボタンまできちんと閉めた白いシャツと長い丈の黒いズボンを履いている。言葉関係なく、どこか高貴な雰囲気を感じる男性で動きの一つ一つが美しい。
「うん?最初からそう言ってるじゃん!もしかして聞いてなかった?」
「信じたくなかっただけです。話を遮ってしまい、すみません。続けてください。」
炉命は彼の言葉に片手を上げてはーい!と元気よく返事をすると、こちらを向いて担任教師かのように優しく微笑んだ。
「そういえば、まだ自己紹介はしていないよね?これから3日間一緒にいるんだから自己紹介しないと!それじゃあ、そこのマフラーを付けた黒髪の君から!名前と職業をどうぞ!」
皆の視線が僕に集まるのを感じた。恐怖しか抱いていないであろう単純な表情を浮かべながら彼らは僕を見た。僕は不思議がりながら、彼女に視線を移す。彼女は、再び僕を見てにこっと笑った。彼女は、9名の中からわざわざ僕を探して指名したようにゆっくりと指を指した。指名されたからには自己紹介をしないと怪しまれてしまう。僕は彼らと同じく「死を恐れる立場」だが「誘拐事件の被害者」ではないのだから。そう、言い換えるとすれば……トレイター。
内通者【トレイター】。内部で、密かに敵に通じたり情報を漏らしたりしている裏切り者のこと。僕だけは彼らと異なり、記憶は保持されたままゲームに放り込まれた。彼らのことすべてを僕は覚えている。そして、僕らが犯した罪のことも。
「………黒暮 乃亜【こぐれ のあ】。一応、芸術家です。」
ただ僕は彼女に従うだけ。従わなければいけない。従え従え従え従え。
命が惜しければ、他人を蹴落としてでも。
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訂正: ゲームマスターの名前が「天ヶ瀬 音黒」となっていますが、正しくは依神 炉命です。 ※現在は修正済みです。