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────首都にある小さな家。





「そうか、彼は表に出てこなかったか。……で、続きは?」


窓の傍で、デスクの上に広げた紙を折り畳む男がいる。家の中だというのに簡素なフードで顔を隠して、対面で資料の束を持つ女に尋ねた。


「はい。調査を進めましたところ、やはりイェンネマン様についての情報を得ることはできませんでした。しかし、代わりにとある冒険者についての噂が頻繁に流れてくるようになっております。その者の名が──ヒルデガルド・ベルリオーズ、と」


いかにも仕事のできそうな長い白髪の女は、キリッとした表情で掛けていた眼鏡のずれを中指でそっと戻す。


「ヒルデガルド・ベルリオーズ。……で、どんな子?」


「長い紅色の髪に金糸雀色の瞳、と。魔導師だそうです」


「フッ。そう、ヒルデガルドの名を持つ魔導師ね」


男は机の上で畳んでいた紙をくしゃっと握りつぶす。


「他に分かっていることは?」


「二人で活動していることくらいでしょうか」


女は資料を何枚か机に置く。


「ここ最近、イルフォードで最も大きい家をフィル・ストーンウィークから借りたようです。名義はヒルデガルド・ベルリオーズですが、彼女の借りた家にはイーリス・ローゼンフェルトという方も一緒に暮らしているみたいです」


男がぴくっと身を揺らす。不服げに拳を握り締めた。


「イーリスってのは誰だ。そのヒルデガルドの男か?」


「いえ、女性です。ギルドで意気投合してペアを組んだそうで」


「……ならいい。引き続き調査を頼むよ」


「お任せください。ところで、なにをされていたんですか?」


握りつぶされた正方形の紙を不思議そうにじっと見つめられ、彼はうーんと腕を組む。信じてもらえるかどうか分からなかったが、ひとまず言ってみた。


「これは折り紙と言って、いろんなものの形を作るんだ。たとえば犬だとか、そうだな、あるいは狐や狼なんかでもいい。鳥だって作れる」


「へえ……先ほどは何を目的に折ろうと?」


男は紙を手に取って、ゴミ箱へ投げ捨てる。


「別に目的なんかないよ。何を折るかも決まってなかったけど、手を動かしたかったんだ。なんとなく落ち着かなかったからさ」


ふう~、と男は長いため息を吐いて椅子にもたれる。


「ウルゼンも、なんの役にも立たない報告書ばかり寄越してきてたが……最後に少しは役立ってくれたな。お前も見ただろ。この間、首都の空に浮かんだ大きな魔法陣から出てきた、あの隕石! 迫力があったよなあ!」


うんうんと頷き、満足そうにして男は机に頬杖をつく。


「だが落ちる前に消されたのは驚いたよ。あれは《クリア・ゼロ》っていう、大賢者ヒルデガルドだけが扱える無属性の魔法なんだからな」


「無属性……? そんな魔法が存在するのですか?」


聞き慣れない言葉だ、と女が首を小さく傾げる。基本的に魔法とは属性が備わっているものとして知られているため、『属性がないこと自体が属性である』という矛盾したような話がうまく理解できなかった。


「俺が以前に自分で調べたときには、文献にも残っていたが、随分と扱うのに難のある、そもそも開拓が進んでいない類のものだ。それを大賢者はたった一人で開拓している。俺が初めて見たのも、あの《クリア・ゼロ》だった」


およそ人類に成せる業ではないが、ヒルデガルドは先人たちをも軽々と超え、自身にのみ扱える最強クラスの魔法へ昇華させた。男は未だ思い出すたびに感心する。極めて普通の人間の生まれだろうに、と。


「ところで例の研究資料は手に入れられそうか?」


「現在、優秀な者を送り込んでおります」


「うんうん、ありがとうね。実に助かるよ」


女は変わらず無表情のまま小さく会釈してから、ふと尋ねる。


「しかし、なぜそこまでして大賢者様にこだわるのですか? 他に美しい女性なら山ほどいるでしょう。先日も何人も抱いておられたではありませんか」


「……まあ、言っても分かんないよ。俺にはヒルデガルドじゃなきゃ」


落ち着かず手指を動かしながら、男は窓の外を見て唇をかんだ。


「もし、その冒険者が俺のよく知るヒルデガルドだったら……今度こそ手に入れないと。そして、やはり手に入りそうになかったら、そのときは、確実に殺せばいい。そのための舞台に、ウルゼンの研究は使えそうだと思わないか」


くっくっ、と男は大笑いしそうになるのをかみ殺す。


「もう一度だけ英雄になるんだ。世界の人々のためじゃなく、ヒルデガルドのために。俺はよく笑えているか、ディオナ」


「はい、とても嬉しそうに思います」


男の笑顔は歪んで見えた。欲しいものを強引にでも手に入れようとする、そんなわがままを言って聞かない子供のような雰囲気に、ディオナと呼ばれた女は背筋をゾッとさせながら、表情にはおくびにも出さない。


しかし、それはディオナ自身もそうだ。自分の行いが、きっと邪悪のためのものだとしても、彼女は止められなかった。


「では、こちらの資料もご覧ください。もし魔物を操る研究が本当だった場合のプランを練っておきました。お気に召すと良いのですが」


「……へえ、これは良いね。やってみようか」


男はとても満足そうにしきりに頷き、彼女を指差す。


「いつでも実行できるように、先に準備を済ませておいてくれるか。かかる金額は気にしなくていい、金は全て俺が払う。どうせ使い道もなかったんでね」


ディオナは一歩下がり、深く頭を下げてから。


「……は、その通りに。では失礼致します──アルニム様」

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