コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
────首都ギルデンブルグ。
「うわあ、見て。あれがグランシップ?」
イーリスが目をきらきらと輝かせる。
一方、ヒルデガルドは少し不服そうだった。
「私の名前が勝手に使われている飛空艇らしい」
王城のすぐ傍にある飛行場に停まる豪奢な外観の飛空艇は、収容人数が千人を超える大規模な造りをしている。空を旅する遊覧船として、つい最近になって完成したのもあってか、警備はギルドから雇い入れた冒険者たちばかりだ。
乗客はほとんどが名のある貴族で、いわば金持ちの道楽として造られた飛空艇だ。旅行がてらに顔を合わせて繋がりを持ったり、中には積極的に商談する者もいる。彼らの安全を守るのが警備に雇われた冒険者たちの役目であり、そしてヒルデガルドたちもまた、乗客ではなく護衛につく冒険者として乗り込む予定になっていた。
「おや、これはヒルデガルドさん。また会えましたね」
「クレイグ? 君もこの仕事を受けたのか?」
「ええ。最近、何かと出費が多くて困っていたところでして」
依頼を受けた冒険者は百名。そのうち三十名がゴールドランクで、その中の一人としてクレイグもやってきていた。報酬が大きいのに加え、滅多と乗れない豪華な飛空艇とあっては受けない理由などない、と浮かれている。
とはいえ純粋に仕事だからと真面目に乗り込む者は、まずいなかった。ヒルデガルドでさえも、自分の名前が使われていることにいささかの不満は持っていたが、乗ってみたさは感じた。大きな仕事として来てはいても気分は旅行だ。
「いっしょに行きましょうか。冒険者向けの説明会が、艇内で行われるそうです。会場は……確か三階だったと思いますので」
既に客が乗り込むために警備として配置されている者も多い中、指定を受けた一部の冒険者は先に飛空艇へ乗って、内部構造などの説明会がある。ヒルデガルドたちやクレイグも、そうして選ばれた少ない冒険者だった。
「外見も相当なものだったけど、中もすごいね」
「ああ。贅を尽くしているのが分かる。さすが金持ち向けだな」
先を歩くクレイグから数歩離れて歩き、イーリスは小さな声で「大賢者だったときは、こういう船とかに乗ったことはないの?」と尋ねる。ヒルデガルドはやんわり首を横に振った。
「そんなに旅行に興味がなかったんだ。一緒に遊びに行くほど仲の良い者もいなかったし、霊薬の研究に時間を割いていたから」
勇者と大賢者。誰もが見るだけで『最高の相棒』にも思うのだろうが、ヒルデガルドは特別な感情など相手に抱かなかったし、あくまで自分が成し遂げたいと思う平和のために戦ったに過ぎない。プリスコット卿との関係も同じで、良き友人ではあっても、研究の邪魔だと感じる時があったくらいだ。
だから、彼女が旅行感覚で誰かを連れ回すのは初めてで、イーリスならば構わないと思った。弟子である前に、一人の人間として気に入っていたから。
「ところで、その後ろの二匹は……いいんですかね?」
クレイグがちらと視線をやったのは、後ろをついて回る立派な体格をした二匹のコボルトだ。きょろきょろして尻尾を振り回す姿は、どこか愛らしさすら感じられる。初めての旅行に興奮していた。
「きちんと許可は得ているぞ。ほら、ネームプレートもある」
彼らが首から提げるプレートにはそれぞれ『アベルくん』、『アッシュくん』と書かれている。コボルトを連れ歩いているだけでも珍しいのだが、よく人に懐くうえに、野生とは違って手入れされた毛並みはふわふわで、よく食べてよく笑う楽しそうな姿は貴族や平民問わず人気者だった。
おかげで職種としてはいまいち評判も良くない冒険者のヒルデガルドたちも「どこで出会ったんですか」「人懐っこいコボルトもいるんだな」「一緒に暮らしてみたい」といった声が相次ぎ、見送りに来ただけ──付き添いにはアディクがいた──彼らも、せっかくならば搭乗させてやってはどうかと乗客たちが興味津々にしたのもあってか、特別に許可が下りたのだ。
「この子たちは私の仕事も手伝えるくらいの実力もある。……この飛空艇警備の依頼が来てから、二週間もイーリスの修行に付き合わされたしな」
依頼書に署名をして返したのが二週間前の出来事。イーリスが喜ぶと思って伝えたところ、彼女は確かに喜んだのだが、一方で『これはボクも甘えてばかりいられない』と、その日から庭先で魔法の特訓をアベル、アッシュと共に始めた。なにしろゴールドランクは実力者ばかりで、自分がそこにいるのは分不相応だ、と。
実際、ゴールドランクにあがったときは嬉しかったが、ヒルデガルドの存在があって初めて辿り着けた場所だとも分かっていたので、魔法薬の研究に没頭しているわけにはいかないと決意していたのも事実で、彼女にとって良い機会がやってきた瞬間だった。
そこで師匠考案の特訓メニューに従い、二週間にわたって己を磨き続けた結果、付き合わされたアベルたちも強くなり、コボルトによくみられる細い体つきが、見るも立派な随分とがっしりした体格になったのだ。
「毛深いからちょっと分かりにくいが、小さくても、ふたり揃っていれば、今ならコボルトロードとも戦えるかもしれないな」
「はは、頼もしいですね。愛らしいうえに強いとは」
これは負けていられない、と拳を握り締めて小さく掲げる。
「あっ、ヒルデガルド。あれ。見て、あれ」
「ん? どうした、何か面白いものでもあったか」
イーリスが突然、足を止めて指を差した。追いかけるように視線を流して彼女が目に映したのは、よく見覚えのある力強さと気品に溢れた男の姿だった。
「こっちに気付いたみたいだよ。手、振ってるもん」
「なんで見つけたんだ、イーリス」
話を中断してまで駆け寄ってくる爽やかな男の笑顔に、ヒルデガルドの口端がヒクつく。飛空艇の規模から考えて想像は出来たが、できれば会いたくはなかった。いや、むしろ避けようとさえしていたのに。
「久しぶりだな、ヒルデガルド。こんな場所で会えるとは奇遇だ」
「私も会いたくなかったよ、プリスコット卿」
「うん? もちろん俺もあなたに会いたかったところだ」
「そうか。君にまともな会話を期待した私が馬鹿だったよ」
両手で顔を覆い、ひとつだけ祈りを捧げた。──ああ、どうか神よ。五分だけでいいから、時間を巻き