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「ーー分析官の赤嶺です。今日からこちらで少しの間ながら働くことになります。よろしくお願いします」
落ち着いた声色。微笑み
黒に染まった髪が光を弾き、冷たい理性を持った男ーー赤嶺は、署内に現れた
一見してわかる異質さ、だがそれは”不快”ではなく、むしろ”優秀”という言葉で片付けられる
書類整理、映像解析、データ抽出、会話スキル
全てにおいて非の打ち所がない
「少し冷たいかもしれませんが、正確さには自信があります」
他人との距離を詰めすぎない
だが一歩、踏み込んでくる。そのバランスが人の心を掴むのだった
それでもきりやんだけは出会った瞬間から警戒していた
「なんか……気持ち悪いんだよな…」
第一印象の時から何かが胸をざわつかせる
ただその気持ち悪さの”正体”が何かは分からない
髪の色
雰囲気
仕草
ーーぶるーくに似ている部分はまるでない
けれど、近すぎる。やけに懐に入り込もうとしてくる。アイツのように
「きりやんさんって、シャープな動きしますよね。元運動部ですか?」
「……は?」
「あと、歩くとき左肩が前に出る癖がある。多分昔、どこか怪我しました?」
「……なんで知ってんだ」
「…不快にさせてしまったのならすみません。職業柄、無意識に人を見て、観察してしまうんです」
淡々とした口調に、表情はにこやか
だが、その「見ている」眼差しは、”ただ見ている”そんな簡単な言葉では容易に表せない強さを持っていた
日を追うごとに、赤嶺は、きりやんの全てを把握しているように振る舞うようになった
「お疲れですね。昨日あまり眠れなかったんじゃ?」
「カフェオレお好きですよね?甘すぎるのは苦手だったような…」
「たまたま見かけたんですけど昨日、部屋の電気つけっぱなしでしたよ?」
ーー何もかも知っている
ストーカー的な監視とは違う、もっと近い、もっと奥に入り込んでくるような……
ただただ、気持ち悪かった
ーーきりやんが彼がぶるーくの影だと気づくにはまだ、遠い
赤嶺の顔は、まるで別人だった
染めた髪、変装マスクの精巧さ、声の微細な加工
完璧すぎる”偽物”ーー
それでもきりやんの心は叫んでいた
(あれはーー知らないはずの何かを、全部知っている目をしている……)
その日、署の関係者専用のシャワー室には誰もいなかった
深夜、現場帰りのきりやんは、汗を流そうとタオルを肩にかけて、個室の扉を開けた
静かだった
湯気が立ち上がり、シャワーの音だけが空間を満たしていた
シャワーの蛇口をひねる
頭から湯をかぶる背中は、夜の疲労と冷気を湯の温もりでとかすようだった
その時ーー
ギィ
扉が開く音。その音が、密閉された空間に響いた
きりやんは即座に振り返る
「赤嶺ッ…!?」
湯気の中、立っていたのは”彼”だった
赤嶺は無言でゆっくりと近づいてくる。裸足の音が床に濡れた水音を刻む
「……なんのつもりだここは関係者だけの…」
「関係者ですよ僕は」
「は……?」
「…貴方の、ね」
その言葉と同時に、赤嶺はシャワーの水の中へと踏み込み、きりやんの身体に手を伸ばした
腕を取られる
その瞬間、きりやんの警戒心が爆発する
「!…離せッ……!!」
「………どうしてそんなに拒絶するの?」
顔が近い
湯気と熱と水滴で視界は曇っていたが、今はっきりと赤嶺の顔が見えた。
それはーーぶるーくの笑顔と重なった
いや、違う。”ぶるーく”だ
黒い髪は濡れ、赤みのある毛先がちらほらと見え、顔の皮膚が少し剥がれ、下に別の皮膚が覗いている
その笑いかた、喋り方、息遣いーー全てがぶるーくだった
「君の皮膚がこんなに熱いなんて、思わなかったよ」
「っ……何してやがるお前ッ…」
「ねぇきりやん。今だけはこの”仮面の中”の僕をちゃんと見てよ」
囁くように耳元で言う
「ずっと…触れたかった」
湯気の中、裸の身体が触れ合う
温度ではない、感情でもない
狂気の熱が皮膚に染み込む
押し倒される。背中がタイルに触れ、冷たさが一瞬、正気を取り戻す
「ぶるーく……っ」
ついに言葉が口から漏れる
それを聞き、ぶるーくはにやりと、最も彼らしい笑みを浮かべた
「やっと呼んでくれた……♡」