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炭治郎と善逸が久遠院の継子になることが決まり早数日。3人は久遠院からの伝令で鳴柱邸に向かっていた。先導する鎹烏を追い石畳で綺麗に舗装された道をゆっくり進んでいく。爽やかな初夏の風が吹く青空の下、善逸はすこぶる不機嫌であった。
「……なんでお前がついてきてんだよ……」
善逸は左隣を顰めっ面で睨む。そこには、久遠院に呼ばれていないはずの伊之助がルンルンで闊歩していた。
「お前らだけ強ぇ奴と戦えるなんてずりぃからな!もちろん親分である俺も行くぜ!」
「俺はお前みたいな野生児の子分になった覚えはねぇぞ……」
「まあまあ……」
見るからに上機嫌な伊之助とは裏腹に恨み言を吐く善逸。それをなだめる炭治郎に善逸は気の抜けたようなか細い声でぶつぶつ呟く。
「余計な奴連れてきて俺らが怒られたらどうすんだよボケェ……俺やだよ久遠院さんにとってこれからずっと変な猪頭連れてきた珍妙なタンポポだと思われるのは」
「今回は善逸悪くないから大丈夫だきっと!それにあの人はきっとむやみやたらに怒ったりしないと思う」
「たんじろぉぉぉぉぉ〜〜〜!」
善逸は自分を擁護する人にはデレる性質がある。
暫く道なりに進むと竹林に入った。石畳の道は続いているものの人気がなく、笹の葉が擦れる音だけが響いていた。炭治郎は不安そうに辺りを見渡す。
「本当に道合ってるのか?これ……どんどん人気のない所に進んでるけど……笹の香りであまり花がきかないな」
「いや、この辺りだぜ銭十郎。人の気配がするぜ」
烏は一本道から分岐する小道に入っていく。その先に武家屋敷のような書院造の大きな建物が見えた。
「ほんとだ。笹の音でかき消されてわかんなかったけど……表札に久遠院って書いてあったから多分そうだよね」
「こんな竹林の中にあるのは外から見えにくくしたり、笹の音や匂いで場所を分かりにくくさせて敵襲を防ぐためなのか」
鎹烏は炭治郎達が門をくぐると旋回し、羽音だけ響かせて飛び去った。すると、玄関口から隠が出てくる。こんにちはー!と声を上げて小走りでやってきた彼に炭治郎と善逸は軽く会釈した。
「わざわざ蝶屋敷から御足労いただきありがとうございます!私は久遠院様専属の隠で中原といいますー!よろしくお願いします!」
見たところ炭治郎と同じくらいの年齢に見える、若干軽そうな雰囲気の彼はキリッとした吊り目を細めて顔を綻ばせる。
「えっとー、竈門炭治郎隊士と我妻善逸隊……イヤーッバケモン居るんだけどえええ!?!?」
中原の悲鳴に反応した善逸が即座に叫ぶ。
「あっごめんなさい許してくださいなんでもしますからぁぁ!ほら伊之助も!!頭下げろやこのっこのっ」
中原は怯え顔を引き攣らせていたが、伊之助が着ているズボンが隊服のものだということに気付き、
「あ、もしかして付き添いっすか!?すみませんなんか勘違いして!みなさんご案内します!久遠院様は道場におられますので!」
となんとか立て直しきびきびと歩きだす。その姿を見て、
(他の人なら絶対怖がるだろうに……この人、意外と冷静だな)
と感心した。中庭へ進むとまず目に飛び込んできたのは大きな道場。中に入ると磨き上げられた板張りの床が鏡のように光を反射している。
「ここで稽古をしているんだな」
炭治郎が感嘆の声を漏らすと同時に善逸が尋ねた。
「……あの……久遠院さんはどこですか?」
「あれぇ?いつもならここで練習してるはずなのに……」
と困惑する中原の背に、また別の20代そこらの隠の男が声をかけた。
「こんにちは。私も鳴柱殿専属の隠、佐藤と申します。よろしくお願いいたします」
物腰柔らかそうな隠の男ーー佐藤は3人に微笑みかける。
「あ、佐藤パイセン!久遠院様はどこへ?」
「実はさっきまで自室でお休みになられてて……暫くしたら道場にいらっしゃるかとーー」
彼が言い終わる寸前。背後の道場の入り口に大きな人影が現れた。
「久遠院様!」
隠2人の声が重なる。黄土色の小袖に黒の袴、その上に臙脂の羽織を肩にかけた侍のような格好をした久遠院が立っていた。おろされたざんばら髪が風に吹かれ、炎のようにうねっている。
「よく来たな……と言いたいところだが――私がここに呼んだのは2人だけ……もう1人……その猪頭について説明を頼もうか……」
久遠院は妖しげな笑みをその顔に浮かばせているが、その視線は冷酷であった。感情がない赤色の伊之助を見据える。
(ひぃぃ!殺される……!)
善逸は恐怖に震え上がる一方で、当の伊之助は不敵な笑みを浮かべた。
「俺様は嘴平伊之助だ!!」
「ちょっおい!」
炭治郎は慌てて止めに入るのをよそに、伊之助はズカズカと道場の真ん中に立ち、仁王立ちになる。
「俺様こそがこの世で最も強い山の王!今日はお前に戦いを挑みに来た!!」
あまりの堂々とした態度に隠達が啞然とする中、久遠院は無表情を保ったままゆっくりと伊之助の方を向く。道場内の空気が一瞬にして凍りつく。
「こいつらに用があるなら俺を倒してからだ!さぁかかってこい!!」
腰に下げていた二本の刀を抜き自信満々に構える。その様子を気にも留めていない様子で腕を組み、右手の人差し指で唇に触れ何か考え込んだ様子の久遠院を炭治郎と善逸は、自分達の処分を考えているのかと恐れ身構える。しかし、そんな心配とは裏腹にその言葉はただの疑問であった。
「ふむ……名前やその被り物を見る限り猪の血鬼術を使う鬼共と関わりがあったのか……?そういえば人に限らず猫などの動物も鬼にできると聞いたことはあるが……」
「はぁ?何言ってんだテメェ。捨てられた時に俺が付けてたふんどしに書かれてたらしいから鬼とは関係ねぇぜ」
伊之助は眉間に皺を寄せ不快そうに鼻を鳴らした。その様子を確認すると久遠院はまた少し思案し、炭治郎達に声をかける。
「まあ……猪頭はとりあえず置いておくとして……」
「は!?俺様を無視するたぁどういうことだよ!?」
伊之助が不満げに口を尖らせる一方で久遠院は続けた。
「改めて……自己紹介をしよう。私は久遠院光継――君達が知っている通り鳴柱だ」
その声に2人は姿勢をを正す。そして後ろで伊之助がやいのやいの言っているのを無視して続けられる言葉に耳を傾けた。
「そして……桑島一門の門下生であり、そこの我妻善逸の弟弟子である」
先代鳴柱。その言葉に善逸は表情を強張らせた。善逸の育手は桑島慈悟朗。師匠であり祖父でもある慈悟郎は元鳴柱だが、十二鬼月との交戦中に右足を欠損したため現役を退き、現在は育手をしている。
「……さて。疾く本題に入りたいところだが……」
久遠院は視線を戻すと伊之助の方を向き直した。
「私の弟子に害を与える可能性があるのをここに置いておくわけにはいかん。伊之助……と言ったか。お前には帰ってもらおうか」
その言葉に伊之助は憤慨する。
「あぁん!?俺様はここで戦いを挑みに来たと言ったはずだぞ!せめて俺に勝ってから言いやがれ!!」
「……そうか……ならば」
久遠院が助走もなく伊之助に向かい、跳ぶ。刹那――
「!?!?」
その手には伊之助が握っていたはずの二本の日輪刀と深く被っていた猪頭があった。日輪刀を片手で担ぐようにして持ち、もう片方の手に猪頭を載せて眺める久遠院を、伊之助はただでさえ大きい翠の瞳を大きく丸くして凝視している。
「ほう……この猪頭は本物か……?中身も随分綺麗に処理されている」
その早業に炭治郎と善逸も目を見開き驚愕している。
「お前っ!?俺様に何をしたんだ!!」
「単純に……手から刀を抜き猪頭を脱がせただけだ……にしてもその傍若無人な立ち振る舞いに似合わず顔は実に美しいのだな」
それを聞き、伊之助は素早く身構える。しかし久遠院はそれをくく、と笑うと滑稽だと言わんばかりに目を細める。
「ほう……私に丸腰で挑むのか?柱である上に帯刀している私に」
「舐めんじゃねえ!!お前の武器が刀だとしても俺には拳や脚があるんだよ!」
伊之助はその言葉に気を逆撫でされ噛み付いた。
「なら試してみるか?」
挑発的な笑みを浮かべて伊之助の顎先を担いでいた日輪刀の先端でなぞるように撫でる。その感触に伊之助は思わず喉を詰まらせた。
「ぐぬ……」
伊之助がたじろぐのを見て久遠院は愉快そうに口角を上げると伊之助の刀を放り投げ、それを伊之助はなんとか掴むがバランスを崩す。その頭に向かってまた投げた猪頭はスポッと伊之助の頭に収まった。涼しげなその姿に伊之助は悔しそうにぎりぎりと歯ぎしりをする。そんな彼に善逸が涙目で近寄った。
「おい伊之助ぇ……久遠院さんが折角許してくれたのに喧嘩売るとかマジで辞めてくれよぉ……」
「善逸……許したんじゃない。そもそも相手にすらされてないんだ」
「そういうことだ」
久遠院は炭治郎の、伊之助をグサッと突き刺した言葉を肯定する。それに対し伊之助は更に苛立ちを募らせていった。しかしそんな彼を珍しく宥めるように善逸が伊之助の背をさすった。
「伊之助……まあ炭治郎の言う通りだよ。けど久遠院さんは、伊之助が強い奴と戦いたいからって俺たちについてきたことを知ってるから、ここまでしたんだと思う。だからお前の気持ちはちゃんと受け止めてると思うぞ」
「私に弟子入りなりなんなりしたいのであればまずその態度を改めることだな」
フン、と鼻で笑う久遠院に伊之助は悔しそうに身を震わせて
「チッ……クソッ!」
と舌打ちすることしか出来なかった。その姿に善逸が苦笑しながら声を掛ける。
「まあ伊之助だって根は悪い奴じゃないんだし、久遠院さんの判断も含めてそのうち分かってくれると思うよ」
「……フン」
伊之助は不満げに鼻を鳴らすとふてくされたようにそっぽを向いてしまった。久遠院はそんなやり取りを楽しそうに眺めたあと、咳払いをして話題を切り替える。
「もうじき日が落ちる。まあ、ここまで遥々来てくれたんだ……お前も今日はここに泊まって行け。慎吾、千紗に今日はもう2人分程多く夕食を作ってほしいと伝えてほしい。蓮は客人用の部屋に3人を案内しておいてくれ……私は今回の任務の報告書を書かねばならんからな」
「御意」
佐藤は音もなく廊下を素早く駆けて行った。中原は3人についてこい!と相変わらずの明るい声で呼ぶ。
遠ざかる背を眺めながら久遠院は
(……後継が居るというのは……私の意志を継ぐかもしれぬ者が居るというのは……幸せなことなのだな)
と、どこか感傷に浸っていた。