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新宿駅の西口でタクシーを止めて貰う。支払いを済ませ運転手にお礼を言った後、彼女を連れて、いくつかの路地を奥へと進んだ。そして、大型家電量販店の向かいのお店の前で足を止める。お店の前には深緑色の旗に白色の文字で「そば・うどん」と書かれている。
入り口は人一人がやっと通れるくらい狭く、入り口の隣には食品サンプルのメニューが並んでいる。ここは、新宿でも有名な立ち食い蕎麦屋だ。ただ有名店ではあるが、お店の外観は決して綺麗とは言い難く、女性が入るのはためらってしまうだろう。
「ここ……か?」
「ええ。」
彼女は怪訝そうな表情で俺の事を覗き込む。
「確かに初めて来たよ。立ち食いソバに誘われたこと自体が初めて――いや、ここは座席がありそうだから、立ち食いではないのか? まあどちらにせよ、これが初デートであれば、君のことを蹴り飛ばしているところだ。」
「俺も、このお店に女性を連れてきたのは初めてですよ。」
彼女はニヤリと笑う。
「私の事を口説いているつもりかい? まさか、蕎麦屋の前で口説かれるとは思わなかったよ。」
「そういうつもりじゃありませんけれど、そば屋を”ダシ”に使った事には変わりありませんね。」
俺はサンプルが並んだショーウィンドウの前へと彼女を促す。眉間にしわを寄せながら真剣にメニューを選んでいる彼女に話しかけた。
「ここのお店はゲソ天がおススメですよ。トッピングを増やしても良いと思いますが、是非、ゲソ天も食べて貰いたいですね。」
「なるほど……ではゲソ天そばに、山菜と月見をトッピングしよう。」
俺は彼女の言葉を聞くなり店内へと入る。お店の中も外観の見た目通り狭く、左側は5人程度がやっと座れるカウンター席、右側は2人で向かい合わせに座るテーブル席が3卓あるのみだ。店内に客はおらず、彼女をテーブル席へと座らせた後、入り口のすぐ右にある食券機を操作してゲソ天そば+トッピングで山菜と月見を2杯注文した。
マスターに食券を渡し俺も彼女の向かいの席へと座ると、彼女は財布を出そうとしていた。そんな彼女を俺は制止する。
「さっき御馳走していただいたお礼です。」
「いや、今日は私が君にお礼をするための日なんだから……。」
「それにここのお店、トッピングを爆盛にしても1,000円もしないので、俺に使うはずだったお金で、メルラブのみんなにお菓子でも買ってあげて下さい。」
彼女の言葉に被せるように言うと彼女は観念したように溜息を吐いた。お互いに大人であり、店内で小銭をジャラジャラと出し合うことはしないだろうと思ったが予想通りだ。
そんな話しをしている内に、厨房から「月見、山菜、ゲソ天そば二つ。」と言う大きな声が聞こえた。
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今の世の中はコストパフォーマンス、略してコスパが良いと言われているもので溢れている。しかし、蓋を開けてみると、コストは低いがパフォーマンスも低いものが多い。そんな中、ここのお店はコストとパフォーマンスが反比例している、正真正銘の高コスパのお店だろう。
見るからに濃いつゆに、そば殻まで使用していることがはっきりと分かるグレーの太麺。その上には、熱々のつゆをかけられたせいで卵白が少し白みがかった卵。そして、ネギとわかめに挟まれながらも、しっかりと存在感を主張している山菜。更に、別皿に乗せられた今日の主役――ゲソ天。
先程まで鉄板焼きを食べていたため腹六分目くらいだったが、そばの香りを嗅いだ瞬間お腹がペコペコになってしまった。
手を合わせてから、そばをすする。しっかりとしたつゆの味に負けないくらい麺の香りが強い。恐らく、このお店で麺を打っている分けでは無いはずだが、そばの風味が味覚と嗅覚に訴えかけてくる。それに、山菜の苦みもアクセントとなりメチャメチャ美味い。
店長の方に目を向けると、大満足と言った表情を浮かべながら、取りつかれたかのようにそばをすすっている。
ある程度食べた所で、つゆの中にゲソ天を投入する。ゲソ天の衣はみるみるそばつゆを吸い込み、少し柔らかくなった。丁度良い所でゲソ天を救出し思いっきりかじりつく。つゆが染みていない部分はサクサクだが、つゆが染みている部分はふわふわ、そんな中にゲソのコリコリとした弾力が合わさり、幾らでも食べられるような錯覚に陥ってしまった。
全て食べ終えた後、潰さないように注意をしていた黄身と、少量のつゆをれんげに乗せて口の中へと入れる。そばを食べ終わってしまったという寂しさを感じながらも、手を合わせ彼女の方を見た。
彼女も丁度最後の一口を食べ終えたところのようで、箸を置き口の中の物を全てのみ込んだ。
「良い店だな。美味すぎて会話しようと思っていたことを忘れてしまったよ。これから毎日、昼飯はここでも良いと思うくらい良かった。」
コメント
1件
うわ、めっちゃ蕎麦食べたくなりました…!「ゲソ天をダシに使う」ってダジャレ、思わずニヤリとしちゃいました。前回の高級鉄板焼きから一転、新宿の老舗立ち食い蕎麦屋っていうのが、なんだか二人の距離感が縮まった感じがして良いですね。ツユを吸ったゲソ天のサクフワコリの食感描写、めちゃくちゃリアルでお腹が鳴りました(笑)。
梨本和広
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桜咲かな
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雲花ヒヨ
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#恋愛