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目が覚めたとき。
隣は、もう冷えていた。
「……」
カーテンの隙間から差し込む光。
やけに普通の朝。
一瞬、何も考えずに手を伸ばす。
――空。
その事実が、遅れて落ちてくる。
「……あー」
声が、思ったより平坦だった。
身体を起こす。
シーツの皺。残ってる温度の名残。
全部が中途半端で、やけにリアルで。
ベッドの端に、ひとつだけ。
コイン。
昨日、あの男が何度も弾いていた銀色。
「……」
手に取る。
軽い。
「……ふーん」
指で弾いてみる。
くるり、と回る。
「そういう感じね」
ぽつりと落とす。
怒りでも、ショックでもない。
ただ――
納得したみたいな声。
「はいはい」
ベッドから降りる。
床が冷たい。
「分かりやす」
それ以上は、何も言わない。
言わなくていい。
分かったから。
――あいつは、こういうやつだ。
***
昼。
ピザ屋の厨房は、いつも通り忙しい。
生地を叩く音。
オーブンの熱。
客の声。
全部が、ちゃんと日常で。
「エリオット、それ上がり!」
「あー、はい、今やる」
手は動く。
いつも通りに。
粉が舞って、指に張り付く。
(……別に)
何も変わってない。
ただの一晩。
それだけ。
「……っ」
生地を強く打ちすぎて、少し歪む。
「……やば」
軽く笑って誤魔化す。
(別に、なんともない)
オーブンに入れる。
タイマーを回す。
でも。
さっきから、ずっと。
胸の奥が、落ち着かない。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
(満たされてたはずなのに)
あの朝。
あの静けさ。
あの、空いた隣。
「……」
無意識に、ポケットを探る。
何もない。
当たり前。
「……チッ」
舌打ちが漏れる。
イライラしてるわけじゃない。
はずなのに。
(なんで残すんだよ、あれ)
コイン。
あれだけが、やけに引っかかる。
「意味分かんないだろ……」
ぽつりと呟く。
“終わり”なら、何も残さなければいい。
“続き”があるなら、いなくなるな。
どっちかにしろ。
「……っ」
手が止まる。
オーブンの前で、少しだけ固まる。
(……違うな)
違う。
分かってる。
あいつは最初から――
どっちも選ばない。
だから、コインなんだ。
「……は」
乾いた笑いが漏れる。
「ほんと、クソだな」
でも。
その“どっちでもない”感じが。
昨日の夜と、同じで。
「……」
指先に、まだ感触が残ってる気がする。
消えない。
全然。
(……最悪)
胸の奥が、ざわつく。
満たされたはずなのに。
空いてる。
変なバランスで。
「エリオット!焦げる!」
「……あ」
慌ててオーブンを開ける。
少し焼きすぎたピザ。
「……チッ」
今度は、ちゃんとイラついた声。
「…らしくない」
自分で呟く。
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