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謙太が電車に轢かれて死んだという一報は私が会社についてからだった。 いつも乗る駅で人身事故があって電車が止まってしまったのだ。
しかたなしにバスで出勤したのだが案の定バスに電車の客がなだれ込み、会社には一時間以上遅れで着いたのだ。
謙太は無事電車に乗れたのだろうか。メールをしても返事がない。きっと会社について時間を気にしないわがままなお得意様にニコニコしているんだろう。
彼の仕事している姿は知らないけれどいつもと同じように微笑んでいるのだろう、誰に対しても優しんだろうって。
ぎゅうぎゅうのバスの中では
「こんなくそ混む時間帯に人身事故かよ」
「クッソ迷惑」
「はぁ。商談間に合わなかったらそいつに慰謝料もらわないとって……死んじまったらそいつにはもらえないか」
「そいつの家族が払うんだろ。あー家族かわいそう。損害賠償億単位じゃないの」
という会話が飛び交い、嫌な気分になる。
はぁ、苦しい。早く解放されたい!
声の大きさは不快だが他の人達は首を垂らしてスマホを見ながらなにか文字を打っている。きっと同じような会話やつぶやきをネット上でしているのだろう。あー嫌だ嫌だ。
私は上司に電車が止まりましたと連絡して部下数人に業務の振り分けのメールをした。
遅延証明書発行してもらわないとね。
と思いながらネットニュースを見ていた。あと自分の預金口座を見て私のお給料入っているか確認してからー夫婦共同の口座もついでに確認した。
?
私の指は止まった。
「どういうこと?」
数字四桁? 500万くらいあったはずなのに。謙太、おろしたのかしら。履歴を見ると少しずつ下ろされていた。どういうこと? 先日義父さんに家賃払うって言ってたけどそれ以上の額が下ろされていた。
謙太にメールをしても返ってこないし。ちょっと……どういうことよ。
モヤモヤしたままようやく会社についたときに見知らぬ番号から電話が来たのだ。
「白沢謙太さんのご家族の方でしょうか」
「はい」
誰?
「〇〇署の〇〇と申しますが、奥さん?」
声が籠っててうまく聞こえないが署、警察署の名前? 謙太になにかあったの?
「はい」
「ご主人がですね、今朝電車に轢かれましてね」
私は声が出なくなった。詐欺とかなんとかとか、間違い電話とか? 白沢って親戚以外あまり聞かないけどいたのね……?
「轢かれて即死のようです、遺体が握っていた鞄のパスケースから白沢さんの定期がありましてね」
即死。
あの人身事故は謙太が原因だったの?
普通に送っていったあの人の後ろ姿が最後だった。どういうこと。
「白沢さん、どうしたの」
私は腰が抜けてその場でしゃがみこんでいたのだ。電話ではまだ何か言っているようだがそれ以降は全く言葉が理解できない。
「白沢さん!!!! 誰か! 救急車呼んでくれ! 意識がないぞ!」
意識……? あるよ? 私の視界は会社の天井。
「白沢さぁん!」
身体が動かない。叫ぶのはたしか、私と同い年で派遣の大城さん。おかっぱでぱっつんの地味だけど仕事ができる彼女。少し話したけどもともと看護師さんだったらしい。
その彼女が私の胸を強く押す。あぁ、心臓マッサージ? 息を口に入れられた。痛い。痛い。そんなに強く胸を押さえないで。
人だかりができている。
「救急車が例の人身事故で道路混みあってるから遅くなるから措置してくれって。大城さん、AED操作できるかね」
「はい、任せてください。出来るだけ女性社員だけで作業します。女性の皆さんは壁になって!」
大城さん、こんなに大きな声を出したことがあったっけ。意識あるのに体が動かない。
「白沢さん、最近リーダーになってから欠員増えたから無理して仕事してたもの」
「くも膜下出血かしら。」
女性社員たちが私を取り囲んでいる。確かに疲れていたかもしれない。寝る時間も少なかったし食事もろくに取れていない。
でもみんなは知らない、最愛の夫の謙太が死んだ一報を聞いてショックのあまり倒れたということを。そういうことよね。最愛の人を急になくしてしまったんですもの。
まだあってもいない、本当の事か分からないけど。
「白沢さんっ!!!」
私は服を脱がされて何か貼られている感触は感じた。
ふと見えた大城さんの制服のポッケに見覚えのあるクマのキャラクター。あぁ、あのタイムループのドラマのグッズだわ。予告でもちらっと出てきてグッズも人気だって。大城さん、好きだったのかしら。あのドラマ。
……あぁ、どこからやり直したいかなぁ。人生。
謙太はなぜ電車に轢かれたの? 自殺で飛び込みはあり得ない。それを知りたい。事故だったら止めたい。そしてあのお金の減少……。
あぁぁああぁぁぁぁっどこから戻ればいいのよ!!!!
とりあえず謙太が生きているところからっ!
と心の中で叫んだと同時に大城さんがAEDで電気ショックを流した。
それと同時に目の前が一気に真っ白になった。