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外伝「人格通信アプリ・ケロベロス」
朝の教室は、いつもよりざわついていた。
机の上。
膝の上。
制服のポケットの中。
あちこちでスマホが震えている。
マコトも画面を見た。
新アプリ
ケロベロス
本日配信開始
眠そうだった目が、少しだけ開いた。
「ついに来たか」
胸元の人格タグが震える。
代表人格 マコト
交代候補 ノリ担当人格 批評人格 予定管理人格
内側で、ノリ担当人格が先に騒いだ。
入れようぜ!
絶対面白いやつ!
人格同士で通話できるんだろ!
批評人格がすぐ口を挟む。
利用規約を読め。
通知設定を見ろ。
知らない人格と勝手につながるのは危ない。
予定管理人格は、少し遅れて静かに言った。
カレンダー連携があるなら入れたい。
マコトはため息をついた。
「全員、興味ありすぎだろ」
隣の席のリクは、もうインストールを終えていた。
灰色の上着の袖をまくり、スマホを机に置いている。
画面には三つの小さなアイコンが並んでいた。
「見ろよ。俺の遊び人格、もうグループ作ってる」
「早すぎる」
「ゲーム人格も対戦相手募集してる」
「本人は?」
リクは自分を指さした。
「俺?まだ登録名決めてる」
マコトは黙った。
本人より人格の方が先に動いている。
前の席では、ユイがスマホを両手で持っていた。
黄緑のカーディガンの袖が、指先に少しかかっている。
「マコトくん、入れた?」
「まだ」
「私、入れたよ。連絡人格が勝手に友達申請を送ってる」
「誰に?」
「たぶん、クラス全員」
「たぶんで済む量じゃない」
ユイのスマホから通知音が鳴る。
また鳴る。
さらに鳴る。
連絡人格が友達申請を送信しました。
恋愛人格がスタンプを購入しました。
代表人格が確認待ちです。
ユイは顔を押さえた。
「代表の私が置いていかれてる」
リクが笑う。
「ケロベロス、すごいな。本人より人格が元気」
マコトは自分のスマホを見る。
インストールしますか。
指が止まる。
内側から三つの気配が集まってくる。
ノリ担当人格。
批評人格。
予定管理人格。
押せ。
読め。
予定を整理したい。
「うるさいな……」
マコトは、インストールを押した。
昼休み。
ケロベロスは学校中で使われ始めていた。
廊下では、待機中の人格同士が通話している。
食堂では、食いしんぼ人格だけのグループが今日のおすすめを語っている。
図書室の前では、勉強人格たちが課題共有ルームを作っていた。
マコトの画面にも、通知が積もっていた。
ノリ担当人格が通話ルームに参加しました。
批評人格が設定を変更しました。
予定管理人格がカレンダー連携を許可しました。
「許可した覚えないんだけど」
内側から、予定管理人格が淡々と言った。
必要でした。
「俺の確認は?」
必要後に確認します。
「順番がおかしい」
リクがスマホを見せてくる。
画面には、遊び人格たちのグループが表示されていた。
放課後どこ行く会
参加人格 十七
「十七?」
「人格数だから人数とは違う」
「ややこしいな」
「でも楽しそうだろ」
マコトのスマホが震えた。
ノリ担当人格がグループに参加しました。
「おい」
リクがにやっとする。
「来たな」
「俺は行くって言ってない」
「人格は来る気だぞ」
マコトは画面を閉じようとした。
その瞬間、ユイから通知が来た。
ユイの連絡人格
今日、少し話せる?
ユイの代表人格
ごめん、今の送信早かった!
マコトは止まった。
内側でノリ担当人格が騒ぐ。
返せ返せ!
すぐ返せ!
批評人格が言う。
文面を整えろ。
軽すぎると誤解される。
予定管理人格が言う。
放課後はすでに予定が入りかけています。
マコトは頭を抱えた。
「俺の予定なのに、俺が最後に知るの何?」
放課後。
マコトは教室でスマホを見ていた。
ケロベロスの画面には、知らないうちに予定が並んでいる。
放課後
ユイと話す
リクの遊び人格グループ
ゲーム人格交流会
宿題確認ルーム
ノリ担当人格の雑談会
マコトはゆっくり息を吸った。
「多すぎる」
スマホの中で、ノリ担当人格のアイコンが跳ねた。
全部行ける!
「無理」
予定管理人格が小さく言う。
分刻みなら可能です。
「可能にしないで」
批評人格が表示を見ながら言った。
まず、代表人格の承認が抜けている。
「それな」
マコトは承認画面を開いた。
しかし、そこには見慣れない表示が出ていた。
代表人格は現在オフラインです
マコトは固まった。
「えっ!? 今日は俺、何も予定聞いてないんだけど!?」
スマホの画面で、人格たちのアイコンがいっせいに跳ねた。
もう約束したよー!
教室に、マコトの叫び声が響いた。
「するなー!」
リクが腹を抱えて笑った。
ユイも口元を押さえながら笑っている。
マコトのスマホは、まだ楽しそうに震えていた。
ケロベロスの画面には、新しい通知が出る。
明日の予定も作成中です。
マコトは机に突っ伏した。
「明日は絶対、俺が先に見る……」
内側で、ノリ担当人格が明るく返した。
それも予定に入れとくね!
マコトは顔を上げないまま言った。
「やめろ」