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京都の花開院家の屋敷。 昼下がりの縁側で、樹はぼんやりと光の揺らぎを見つめていた。
「……退屈だな」
花開院 樹。名家に生まれた少年だが、兄と違い真剣さに欠けるとよく叱られる。
けれど本当の理由は――彼が「妖怪を嫌えない」ことにある。
「またぼんやりか」
襖を開けて現れたのは双子の兄、竜二だった。切れ長の瞳、鋭い声。大人びた雰囲気は、樹とは対照的だ。
「今日はゆらの修行に付き合う約束だろ」
「あ……忘れてた」
「お前な……」
深い溜め息が落ちた、その時。
――すすり泣き。
外から、小さな子どものような声が聞こえた。
「……妖怪か?」
竜二の顔が険しくなる。
「行ってみよう!」
「待て、樹!」
二人が駆け出した先、竹の影にうずくまる小さな存在がいた。
人の子と同じくらいの背丈だが、手足は細く、耳だけが妙に大きい。涙で顔をくしゃくしゃにした妖怪が、罠に足を絡め取られていた。
「痛そう……」
樹はしゃがみ込み、指先で呪符を外す。
ぱちん、と結界が解けた瞬間、妖怪の足は自由になった。
「もう大丈夫。動ける?」
恐る恐る立ち上がった妖怪は、しばらく黙っていたが――
「……ありがとう」
震える声でそう言った。
その一言が胸に沁みて、樹は柔らかく微笑んだ。
だが次の瞬間。
「樹!」
竜二が追いつき、鋭く叫んだ。
「なにをしてる! そいつは妖怪だ!」
札を握りしめ、今にも式神を放とうとする。
樹は咄嗟に妖怪の前に立ちふさがった。
「待って! この子は悪いことなんてしてない!」
「妖怪に善悪はない! 俺たちにとってはすべて敵だ!」
「でも、泣いてただけだよ! 怖くて……苦しんでただけなんだ!」
二人の言葉がぶつかり、空気が張りつめる。
竜二の目には怒りと苛立ち。樹の目には必死の訴え。
長い沈黙のあと、竜二は低く言った。
「……勝手にしろ。だが俺は認めん」
踵を返し、背を向ける。
足音が遠ざかるのを聞きながら、樹は胸の奥をぎゅっと掴まれるような痛みに耐えていた。
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