テラーノベル
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夜の静けさを破るように、樹の足音が廊下に響いていた。竜二に冷たく突き放された後も、彼の胸の奥には重たい痛みが残っている。
――許されない。
――でも、竜兄の側にいたい。
そんな思いが頭の中をぐるぐる回っていた。
部屋に戻ると、ふと視線を感じる。
障子の向こうから顔をのぞかせたのは、妹のゆらだった。
「……樹兄?」
「あ、ゆら」
小柄な体を揺らしながら、ゆらは少し困ったように首をかしげる。
「竜兄に、また怒られたん?」
「……まぁ、そんなとこ」
気まずそうに答えると、隣にいた無口な青年――魔魅流が、じっと樹を見据えていた。
その瞳は冷えきっていて、まるで人間の温度を持たない。
「……妖怪を助けたと聞いた」
短く、淡々と告げる。
樹は肩をすくめた。
「そうだよ。でも、あの子は何も悪いことしてなかった。ただ、泣いてるだけで……」
「泣いていようが、妖怪は妖怪。滅すべき存在だ」
魔魅流の声には揺らぎがない。まるで機械のように、家訓と正義を繰り返すだけ。
ゆらも厳しい目を向ける。
「樹兄、分かってるよね。妖怪をかばうなんて……そんなの、花開院の名を汚すだけや」
胸が痛んだ。
竜二だけじゃない。妹にまで責められるなんて。
「……分かってる。でも俺は、放っておけなかったんだ」
思わず強い声で返す。
ゆらが目を丸くし、魔魅流がほんの一瞬だけ表情を揺らした気がした。
「お前のそういう甘さが、竜二を苛立たせている」
魔魅流は低く言い放った。
「次に同じことをすれば、俺が止める。……それが俺の役目だ」
その声音は、感情を排した無機質なもの。
しかし樹の心に突き刺さるには十分だった。
ゆらが口を開く。
「……樹兄。あんまり竜兄を困らせないで。あの人、樹兄のことほんまに心配してるんやで」
「……知ってるよ」
樹はかすかに笑った。けれど、その笑みはどこか寂しかった。
誰にも理解されない想い。
それでも、竜二から離れることだけは絶対にできなかった。
樹は小さく息をつき、呟いた。
「――いいよ、俺が悪者でも。竜兄が隣にいてくれるなら、それで」
その言葉に、ゆらは不安そうに唇をかんだ。
魔魅流は何も言わず、ただ冷たい瞳で樹を見つめていた。
竜二に許されないまま、妹や義兄からも責められる樹。
でも彼の心は「竜二の隣にいたい」という気持ちに縛られ続ける。
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