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「俺一人じゃ食べきれないし、せっかくだからおすそ分けにと思って」
いつしかの飲み会で仁さんが料理が趣味だとは聞いていたが
まさかおすそ分けを持ってきてくれるとは。
しかも、こんな日曜の昼下がりに
「え、そうだったんですか!ありがとうございます!」
「全然、助かるよ……ん?なんか、楓くんの部屋、焦げ臭いような…?」
仁さんが眉を寄せて尋ねてくる。
俺は慌ててキッチンを振り返り
「あっ!!」
と声を上げた。
(ヤバい、コンロの火つけたままだった…!)
「どうした?」
不思議そうな顔をする仁さんに、俺は慌ててキッチンに戻りながら答えた。
「うわすみません、今ちょうど魚を焼いてたんですよ。多分そのせいだと思います…!」
「え、大丈夫?」
「だ、大丈夫です!あ、でもその、ちょっと仁さん悪いんですけど上がってくれていいので冷蔵庫にタッパー入れて置いてくれませんか?」
「わ、分かった。お邪魔するよ」
申し訳なく思いながらも、仁さんに背を向けたままキッチンへと急いだ。
フライパンの中では、見事に表面が黒く焦げたサーモンが。
でも、裏側はまだそんな焦げてない。
まだ間に合う。
急いで菜箸を持ち直し、フライパンを揺すってサーモンをひっくり返す。
大丈夫、まだ大丈夫だ。
「はぁ~焦った~」
と胸を撫で下ろしながらフライパンの蓋を閉める。
「楓くん、タッパー冷蔵庫に入れておいたよ」
「ありがとうございます!って…ごめんなさい、なんだか慌ただしくて」
「気にしないでいいよ。お、ムニエル作ってたん
だ?」
「あはは…アイスコーヒーに合うやつ探してたら、ちょうど今日が賞味期限のサーモンがあったので」
「なるほど……えっ、もしかしてそのサイフォン?」
仁さんが指差す先には俺の誇りであるサイフォン。
「はい!静養期間中に兄が遅れたけどって誕生日プレゼントにくれたんですよ」
「あっそうなんだ…楓くんって誕生日いつだったっ
け?」
「7月14日です」
「確かそれって向日葵の日じゃない?なんか楓くんって感じするね」
「そうなんですか?!えっ今初めて知りました…なんか嬉しいな……」
そんなとき、ふと、以前「ヒビカセ」のHPで見た仁さんのプロフィールを思い出した。
(確か仁さんって、8月ぐらいだったはず…?)
「あっそういえば、仁さんって誕生日8月ぐらいでしたよね?」
「ん?ああ…ちょうど6日前だね」
「えっ6日前!?それならお祝いしたかったです……」
「いいって、ほんと誕生日とか特に気にしないタイプだからさ」
「いや、でも!なにかプレゼントさせてくれません?結局この前助けてくれたお礼も何も出来てませんし……!」
俺がそう言うと仁さんは困ったように苦笑しながら言った。
「いやいや…プレゼントなんていいよ」
「でも、それじゃあ俺の気が済みません!仁さんは常連さんですし俺の命の恩人も同然なんですから、せめてなにかお返ししたいんです」
仁さんの目をじっと見つめてそう言い切ると彼は観念したように言った。
「…じゃあさ、楓くん来週の24日空いてたりする?」
「ちょっと、付き合ってほしいところがあるんだけど」
「はい、大丈夫ですけど…どこにですか?」
「墓参り、実は来週の24日、友人の命日なんだ」
仁さんは少し遠い目をしながらそう言って笑った。
「ご友人の…分かりました。あ、だったらお供え用の花も用意しておきますね」
俺は神妙な顔つきで頷いた。
「ありがとう……助かるよ、代金は…」
「いえ、これは業務外ですから、いりませんよ」
「悪いね。じゃあ、またお店で」
そう言って、仁さんは帰っていった。
◆◇◆◇
当日、24日────…13時
仁さんが店に来た。
「楓くん、今日は悪いね」
「いいえ!僕から言ったことですから」
仁さんは笑いながらそう言ってくれる。
「じゃあ…行こうか」
「はい」
2人で電車に乗り込み目的地へと向かう。
その最中、会話の一環として
「その友人って…どんな人だったんですか?」
と聞くと、彼は徐に口を開いた。
「ああ……優しいやつだったよ」
仁さんはどこか寂しそうな瞳をして続けた。
「そいつ、三原樹って言うんだけど、とにかく酒が好きでな…行きつけのBARでよく一緒に呑んでたんだ」
その視線は遠くを見ているようで、どこか別の場所を見ているようだった。
「櫢、ある日の会社の飲み会で、飲酒強要に暴行されて……その後、自宅で自殺したんだ」
「……っ、自殺…」
「それはニュースで知って、その後親族の人からも連絡があった」
「そんな、ことが…」
俺は言葉を失うしかなかった。
そのときの仁さんの悔しさや悲しみはきっと計り知れない。
(…….なんて言ったらいいのか、わからない)
その雰囲気に気圧されて俺はそれ以上聞くことは出来なかった。
「着いたよ」
そう言って席を立つ仁さんに着いていき、電車をおりて10分ほど歩くと住宅街が見えてきた。
墓地は閑静な住宅街の中にあるらしく
緑に囲まれた静かな雰囲気だ
「この墓が樹のもんなんだ」
そこには立派な石碑が建っていた。
苔むした表面には「三原樹」の名が彫られている。
静かな木漏れ日の下
仁さんは無言でしゃがみこむと、バッグの中から雑中と小さなブラシを取り出した。
俺も隣に腰を下ろし、タオルとスポンジを取り出す。
墓石には風雨の跡が残っていて、文字の隙間に入り込んだ土や埃を仁さんが丁寧に掻き出していく。
俺は水を汲みに近くの蛇口へ向かい
バケツに水を満たして戻ると、そっと墓石に水をかけた。
汚れを拭き取りながら、仁さんは一言も話さなかった。
けれどその所作から、ここがどれほど大切な場所かが伝わってくる。
俺も言葉を慎み、無言で落ち葉を拾い、周囲の小さな雑草を引き抜いた。
掃除を終えると、俺は仁さんに持参していた花を預け、彼はそっと花立てに活けた。
淡い黄色のガーベラと白いカーネーション。
「楓くん、わざわざありがとう」
仁さんがぽつりと呟く。
その声が少しだけ和らいでいた気がした。
次に、仁さんは線香の束を取り出し、ライターで火をつけた。
炎が小さく灯り、煙がふわりと立ち上る。
彼は口で吹き消さず、手でそっとあおいで火を落とすと、3本の線香を墓前の香炉に立てた。
俺にも線香を1本差し出してくれる。
「楓くんも、頼めるかな」
俺はそれを受け取り
仁さんを真似して火をつけ、手であおいで火を消し、香炉に立てる。
その瞬間、煙の香りが鼻先をくすぐって、なんだか胸の奥が少しだけ熱くなった。
そして、俺たちは墓前に立ち、手を合わせた。
目を閉じ、心の中で「初めまして」と呟いた。
すると、仁さんはまた物思いにふけるような表情をして樹さんについて話してくれた。
「樹と出会ったのは2年前…さっき言ったBARで意気投合して仲良くなったわけだけど、樹は、楓くんと同じハイパーΩだったんだ」
「えっ……そうだったんですか?」
「ああ。樹は、昔から運命の番と結婚するのが夢だったみたいで。事件が起きる前、丁度俺の誕生日に、樹が嬉しそうに「運命の番見つけたかもしれない」って報告してきて」
仁さんは墓石を見つめながら話している。
その視線の先に何があるのか、俺には想像もつかなかったが
きっと優しくて温かい記憶が詰まっているんだろう。
「結局、樹さんは…その人と結ばれなかったんですよね……?その後に事件が起きているってことは」
恐る恐る聞いてみると、仁さんは眉をひそめた。
「ああ…あいつ、病むと酒に溺れる癖があった。だからいつも飲みすぎんなよって釘は刺してたが…」
「事件が起こった日の夜…一人、家で、適量も弁えず日本酒の瓶4本もガブ飲みして急性アルコール中毒で床に倒れて亡くなってたって」
そう言いながら墓石に指先で触れる仁さん
その仕草から、彼が樹さんのことをどれだけ想っていたのかが分かる気がした。
「それなのに働に無理やり酒飲まして暴行したαはたったの懲役8年、俺は正直刑罰でも足りないと思ってる」
「あの日…あいつの異変に気づけていたら……助けられたならって何度も思ったよ」
「…………っ」
(…胸糞、としか言いようがない)
「……悪い、喋りすぎた」
「いえ……大丈夫です。その…辛いことを聞いてしまってすみません」
「いいんだ、一人で来て、思い出すのが辛かったから、楓くんが居てくれて助かった」
そう言って微笑む彼の顔は少しだけ寂しげで
やっぱり彼にとって樹さんは特別な存在だったんだろうなと思う。
「そろそろ……帰ろっか」
「はい」
帰り道、俺はさっきの話を聞いてふと思ったことを隣を歩くさんに聞いてみた。
「仁さんって、前に合コンで俺のこと助けてくれたことありましたよね」
「え?あぁ…」
「俺が発情剤入りの酒飲まされそうなったときに、そのときに俺を守ってくれたのも、もしかして樹さんと俺を重ねて……?」
「まぁ……そうかもしれない。後輩から楓くんのこと狙うようなLINEが来たときは心臓止まるかと思ったし、樹の二の舞にしたくなくて気づいたら走ってたんだよ」
(……やっぱり)
「…やっぱり、仁さんっていい人なんですね」
「……なんか楓くんは騙されやすそうに見えるけどな?」
「いやいや俺こう見えても人のこと安易に信用しませんよ!」
仁さんはくくっと笑うと
「そっか、俺のことは?」と意地悪く聞いてきて
「信用はしてますよ。恩人だし、常連さんだし、ヤクザなのは内心ビビりましたけど…」
「じゃ…もっと信頼してもらえるように頑張ろっかな」
「ふはっ、なんですかそれ」
「楓くんと飲む酒うまいし、花屋もこれからも通いたいからな」
「なんか信用と信頼の違いが分からなくなってきた
んですけど」
そんな会話をしていると仁さんは急にポケットからスマホを取り出し
「HeySiri、用と信頼の違い教えて」と言い出した。
あ、仁さんもそんな使い方するんだ、意外……
なんて感心していると、すぐにSiriが返答した。
《【信用】とは【これまでの行いから見て、確かだ、大丈夫だ】と信じるニュアンスが強いです。
【信頼】とは相手の人柄、考え方、行動、将来性といった、より主観的、感情的な側面に基づいてじることです。
【この人なら任せられる】【きっと期待に応えてくれるだろう】という、未来への期待や安心感が含まれます》
「ん……つまりは相手に対する期待値的な?」
仁さんは首を傾げながら聞いてくる。
「えっと……多分ですけど、信用は客観的に見たもので信頼は主観的なものっていう解釈もできるのかと…?」
「なるほど?」
仁さんは困ったように苦笑する。
「それで言うと、信頼なのかな…?」
「ははっ、じゃーめっちゃレアだ」
◆◇◆◇
墓参りの帰り
お互い時間もありお腹も空いたということで、池袋のゲーセンまで来ていた。
「ゲームセンターか、最近来てなかったなぁ」
「俺も中学生以来かもしれないです!」
(久々だからテンション上がるなぁ…)
ゲーセン独特のBGMに混じって笑い声や歓声が聞こえてきて
「なんかワクワクしてきますね!」
「んー、でも俺普段ゲームしないからな、どれやったらいいか分からないんだよな…」
仁さんがきょろきょろと周囲を見回していると
「これとかどうですか?」
俺は仁さんの袖を引っ張って