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ナーシャはオリジエル侯爵の長女として生まれた。 ナーシャの父オリジエル侯爵は、父親(ナーシャにとって祖父)の急逝に伴い18歳で家督を継承したのだが、家政も領地経営に至っても、あまりにも未熟だった為、差配の主導権は彼の母である先代侯爵夫人が握っていた。
ナーシャの母が嫁いでからもそれは変わらず、ナーシャの兄であるセシルとナーシャを産んだあと、母のソフィアは父と離縁して実家の伯爵家へと戻りその後再婚した。
ナーシャは、厳しくてはっきりと物を言う祖母を嫌いではなかった。祖母の言葉は何らまちがった事を言っているようには聞こえなかったからだ。
だが、父も兄も祖母を苦手にしていて、兄に至っては実母を虐めて追い出した張本人と祖母を恨んでもいた。
ナーシャが伯爵家の嫡男ローランと婚約したのは、祖母が亡くなった後だ。
それまでのナーシャの婚約者は、祖母が存命の時から侯爵家に出入りしていた子爵家の嫡男のジェスト。ジェストとの婚約は祖母が決めたものだったのだが、その婚約は祖母が亡くなった途端、父によって白紙に戻され、父の決めたローランと婚約することになった。
それは、ナーシャが学園に入学する直前の事である。
突然の婚約者の変更。
それまでジェストと10年近く婚約者として過ごしていたナーシャは、父に反発したけれど、決定が覆ることはなかった。ジェストは、ナーシャよりも6歳も年上で、祖母のお気に入りだった事も、父の気に入らない理由だったのかも知れない。
ローランは兄セシルの同級生で、ナーシャの2つ年上の金髪碧眼の美少年。整った顔は皆の注目を浴びるのは当然で、婚約が決まった時、他家の貴族令嬢達から、ナーシャはお茶会で羨ましがられ散々嫌味を言われるほどだった。
いくら美少年でも、ジェストと長年仲を育んだナーシャにとっては望まぬ婚約。
それでもオリジエル侯爵家の子女として生まれたならば、父の決めた婚約に従う他はない。
少しでも仲良くなれればいいなと、ナーシャはそう思って婚約を受け止めた。
ローランと婚約が整った数日後、オリジエル侯爵家は突然養女を迎える事になる。
初めてリリアを父に紹介された時、ナーシャは驚いた。
何故ならリリアは、ナーシャの実母の再婚後に出来た正真正銘の異父妹だったからだ。
実母の再婚相手はトーラス伯爵。リリアはその家の次女として生まれた。
どうしてリリアが養女になったのか、その説明はひどく曖昧な物で、到底ナーシャは納得できなかったが、それも父が決めた事だ。
黙って従うしかなかった。
驚いたのは、兄のセシルがリリアと以前から兄妹として、会っていた事だった。
「お兄様、リリアさんとお会いしたことがあったの?」
「あぁ、リリアが生まれたときから知ってるよ」
ナーシャはその言葉に唖然とした。
その時に兄からは、祖母に懐いていたナーシャには秘密で、母には何度も会っていたのだと聞かされる。そしてその事は父も知っているのだとか。それまでナーシャが実母に会ったのは一度しかない。それも街中で偶然。
家族から蚊帳の外に置かれたナーシャは、その夜から家に居場所が無くなった様に感じて、一晩中枕を濡らした。
それまでのナーシャは、兄とは仲が悪いとは思っていなかった。あまり会話がなくても、偶にナーシャの勉強を見てくれたりするセシルは、普通の優しい兄だと思っていた。
ナーシャに向ける笑顔も普通だと思っていたのだ。
リリアの事を聞いてからは、セシルが遠くに行ったような感覚で、ナーシャは物悲しさを感じていた。
ローランとの交流は、専らオリジエル侯爵家の邸内だった。
学園の帰りに、ナーシャをローランが侯爵家まで送ってくれて、そのままお茶をしながら話をしたりする事になったのだ。
それはセシルが同級生というのも大きい。セシルの婚約者のアリスも二人と同級生というのもあって、主にセシルの部屋で4人で過ごす事になったのだ。
婚約した当初、ナーシャはその交流はそれでいいと思っていた。
リリアとの秘密の交流をセシルから聞かされたナーシャは、4人で行う婚約者の交流を通して、気持ちが離れたように思えたセシルとも、元のように兄妹関係が修復できると期待していたからだ。
だが、その思いは1ヶ月もしないうちに希望が無くなった。
その交流に毎回リリアが加わるからだ。
リリアの年はナーシャの2つ下になる。
まだ学園に行ける年ではないため、寂しさからか、リリアはセシルの帰りをいつも待っていた。
アリスを連れて帰ってくるセシルの後を付いて、そのままセシルの部屋へと向かうのだから、ローランとナーシャが行けば必ず先にリリアが居た。
はじめは気にしなかった。
だが、段々とローランとリリアの仲が近付いて行く。
1ヶ月も経たないうちに、セシルとアリス、ローランとリリアが一緒のソファに腰掛け、ナーシャは一人がけのソファに座るのが定位置になっていた。
しかも、その一人がけのソファはセシルの部屋の物ではない。
普段は応接室に置かれていた物を、セシルの部屋に持ち込んでいた為、元から置いてあるソファとは色も素材も違っている。
ローランとナーシャが婚約者通しで座っていない事に、他の誰も違和感を感じていない。
いや、壁際に控える其々の従者と侍女は感じていたかもしれないが、口に出す者はいなかった。
毎回色違いの椅子に座るナーシャは、なんだか自分だけがセシルの部屋の異物の様に感じられて、堪らない気持ちが込み上げて来て、婚約者の交流なのに虚しく思えていた。
コメント
3件
あ、これ胸が痛い回だ…!ナーシャ、はじめから蚊帳の外すぎて読んでて辛かったわ。祖母が厳しくても筋は通ってたのに、父の都合で婚約者すげ替えられて、兄には秘密の妹との交流があって、さらにそのリリアにローランポイント稼がれてるの、構造的に詰んでるやつ。一人だけ置いてけぼりの「色違いのソファ」の描写がビジュアルで刺さった。続きめっちゃ気になる。marukoさん、じわじわ効く人間関係の描き方うまいな〜🔥