規則正しく響いていた車輪の音が、石畳の凹凸を拾って不規則に揺れ始めた。馬車が近付く音を察してくれたんだろう。屋敷の外へ出てきたらしい家令が、鉄製の格子門を開けてくれ、二台の馬車はウールウォード邸の前庭へ到着した。
リリアンナが最後にこの館を見上げたのは十二歳の時。
こんなに小さなお屋敷だったかしら? と思ってしまったのは、自分が大きくなったからか、はたまたニンルシーラにあるヴァン・エルダール城が大きすぎるからか。
記憶の中に残っているウールウォード邸は、使用人の数が激減していたからだろう。もっとさびれている印象だった。
いま馬車が付けられている前庭の石畳だって、あちこちの隙間から沢山の雑草が顔をのぞかせていた。苔だって日陰の辺りには剥がしても剥がしてもすぐさま生えてきていたはず。それが、今はない。
叔母のダフネに言われてリリアンナ自身一生懸命除草や苔落しを頑張った。けれど、こんな風に綺麗には出来なかったのだ。
玄関ポーチを支える二本の柱も、もっと煤けて薄汚れていた印象だったけれど、丹念に磨き直され、色も塗り直されたんだろう。本来の白色を陽光にきらめかせていた。
それだけでもリリアンナからしたら凄い変化だと思うのに、玄関の両脇には白い壺が置かれ、初春の枝花が活けられていた。
まるで、両親が健在だった頃のような生家の様子に、リリアンナは思わず目頭を熱くする。
馬車が止まるより早く、玄関扉が内側から開き、数人の使用人が整列して出迎えてくれていた。
ランディリックに手を引かれて馬車から降りると同時、
「――リリーお嬢様……!」
どこか懐かしい声がかかった。
その声にリリアンナが視線を転じれば、白髪を後ろ撫でにまとめた老執事と目が合った。
「ラウ?」
「左様でございます」
年齢を刻んだ手が、そのまま祈るように胸元へ上がる。
リリアンナが一歩踏み出すと、侍女頭のマルセラ、料理長のオルセン、庭師のベルトン……。リリアンナを幼いころから知る、かつての顔が次々にこちらを見つめてくる。
みんな、リリアンナを庇ってくれたことが原因でエダに解雇された面々だ。
「ただいま、……戻りました」
懐かしい顔ぶれにリリアンナが瞳を見開く。
ランディリックは少しだけ離れ、彼女の背をそっと見守った。
あちらの方では、再会を邪魔しないような配慮からだろう。ディアルトの指揮の下、荷馬車から降りた従者たちが、静かに荷下ろしを始めていた。
「リリーお嬢様。よくぞ、ご無事で。私がいなくなってからも、ちゃんとご飯を食べることは出来ていましたか?」
料理長のオルセンの言葉に、かつて自分にこっそり食べ物を分け与えたことを理由に、彼が解雇されてしまったことを思い出したリリアンナは、瞳を潤ませた。
「あの時はごめんなさい。私のせいで……」
「お嬢様のせいだなんて思ったこと、一度もございませんよ? むしろ私がいなくなった後、お嬢様が、ちゃんとお食事をされているか心配で心配で……」
再度重ねてきたオルセンに、
「大丈夫。私、この通り今ではたくさん食べて元気に過ごしているわっ」
彼が過去のことを言っていることは重々承知の上、〝今が幸せだから大丈夫〟だとクルリと回ってみせながら、リリアンナはにっこり微笑んだ。
こんなに心配してくれているのだ。何を食べても味が分からないだなんてこと、言えるはずがない。
コメント
2件
小さい頃にいた人たちとの再会、嬉しいだろうなぁ。
皆んなリリーを心配してくれていたのね。