「お帰りなさいませ。リリーお嬢様。お嬢様がお好きだった花を庭で沢山育てておきました。ちょうど今はチュリーヌの花が見ごろでございます。あとでご覧になられてください」
杯のようにふっくらと開いた花弁が、春の陽を抱くように揺れる様を思い浮かべたリリアンナは、コクコクとうなずいた。幼い頃、リリアンナは目の前の庭師ベルトンと一緒に、チュリーヌの球根を庭の片隅に植えたことを思い出す。
「お嬢様のお好きな薄桃色の花を多めにしておきましたよ」
淡紅から白へと溶け合う少女の頬のような色は、大好きだった自室のカーテンの色に似ていて特にお気に入りだった。
「嬉しい……」
コクコクとうなずいたら、豆だらけの武骨な手が、ギュッとリリアンナの手を握ってきた。
「球根よりも小さかったお手が、今では片手に三つくらい持てそうでございますね」
冗談交じりに言われて、リリアンナは瞳を潤ませたまま、花が綻ぶみたいに微笑んだ。
「本当、あんなにお小さかったリリーお嬢様が……。なんてお美しくお育ちになられたこと! 亡きマーガレット様にそっくりで……マルセラ、胸がいっぱいでございます」
侍女頭のマルセラが涙をにじませた瞳でリリアンナを見つめ、母親の名前を出されたリリアンナもまた、胸の奥を熱くして、とうとうこらえきれずに涙を落とした。
「ランディ、ありが、とう……。私……、こんな、ふうにみ、んな……と再会、で、きると思ってな、くて……っ。すご、く……す、ごく、嬉、しい」
すぐ背後で何も言わずにそんなリリアンナたちを見守ってくれていたランディリックに、これはきっと彼からの心遣いに違いないと思ったリリアンナは、グスグスと鼻をすすりながら謝辞を述べた。
ナディエルが、そんなリリアンナにそっとハンカチを差し出してくれる。
「うん、確かに僕が頼んだことだけど……手を尽くしてくれたのはウィルなんだ。――彼にも礼を言ってもらえると、きっと喜ぶ」
ランディリックの言葉に、リリアンナは馬車の中からこちらをニコニコと見下ろしているウィリアムに駆け寄った。
数度深呼吸をして気持ちを落ち着けると、涙をハンカチで拭って車室のウィリアムを見上げる。
「……ウィリアム様、今、ランディから聞きました。みんなを集めるのにお手間をかけて頂いたこと、私、絶対に忘れません。本当にありがとうございました!」
ウィリアムはそんなリリアンナに「リリアンナ嬢に喜んで頂けたなら、俺も頑張った甲斐がありました」とサムズアップをして見せる。
「では、俺はそろそろセレン様とペイン邸へ移動しますね。落ち着いたら遊びに来て下さい。うちの家令たちも喜びます」
言うと同時、ランディリックから「ウィル、忘れたの? キミのところには今、〝あの女〟がいるんだろう? そんなところに僕がリリーを行かせると思う? 用があるならそっちから来い」と睨まれて、ハッとしたように口を噤んだ。
「ランディ!」
リリアンナは思わず声を上げたが、ウィリアムは苦笑を浮かべ「そうするよ」と承諾してしまう。
その笑みには、どこか〝仕方ないな〟とでも言いたげな陰があった。
きっと〝あの女〟とやらが理由なんだろうけれど、ペイン邸でまさか従妹のダフネが使用人として働いているだなんて思っていないリリアンナには、いくら考えても二人の会話の意味は分からなかった。
コメント
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ダフネ! 確かに会うとなんかありそうだもんね。