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第22話:全てを失った者
《マスクコア領域》、最終区画――空間中枢階層《ノーナメ・ホール》。
天井はなく、地面もない。
ただ、回収されたマスク1万枚が星のように浮遊している。
それぞれに個人の記録が刻まれ、光の粒として周囲を漂っていた。
ユイナは、その中心に降り立った。
黒いマントがふわりと揺れ、青白い光が輪郭を照らす。
その目の前に、一人の“人型”が浮かんでいた。
肌は透けるように白く、性別も年齢も判別不能。
顔には仮面がない――それどころか、顔のパーツそのものが曖昧にぼやけていた。
衣服も記号化された衣のように、無機質で、輪郭が崩れかけている。
その名は、ナヲナシ(No-Name)。
かつて10000枚のマスクを集め、唯一“願いを叶えた存在”。
「……あなたが、“願いのその先”に行った人……?」
ナヲナシはゆっくりとうなずく。
その所作には“人間らしさ”が残っていたが、声はもう“情報”だった。
> 「正確には、“願いを通過した者”。
願いを叶えるには、仮面を壊し、自己を消す。
そしてその後、“名前のない存在”として残り続ける」
「それって、生きてるの……?」
> 「存在している。だが、“誰か”ではない。
それが、願いの代償だ」
ユイナは拳を握る。
「何を願ったの?」
ナヲナシは沈黙した。
……そして、視界が変わる。
突如として、空間が光に満たされ、ユイナの脳に“ナヲナシの願い”が直接投影される。
それは――「誰も悲しまない世界」だった。
けれど、ナヲナシはそれを叶えた代わりに、
「誰かを悲しませる存在になることすらできなくなった」存在になった。
“願いの成功”と“人間性の消失”は、表裏一体だった。
「あなたは……それでよかったの?」
問いかけに、ナヲナシは答えなかった。
次の瞬間、空間が再び変わる。
> 《最終対話プログラム開始:記憶存在確認中……完了》
ナヲナシの身体が変化する。
その姿は――“かつての自分自身”の残影をトレースし、ユイナとまったく同じ姿へと変化していた。
「――君が“自分を残したまま”願いに届くというなら、証明してみせろ」
最終確認戦が開始される。
ユイナ vs ナヲナシ(模倣ユイナ)
模倣体はユイナの過去ログを高速再生し、戦術・感情・反応のすべてを“理想化”してコピーしてくる。
だが、そこには“揺らぎ”がなかった。
完璧な型。最適化された戦闘。
なのに、どこか“命のない戦い”だった。
ユイナは攻撃を受け流しながら、静かに呟く。
「……その拳に、願いはこもってないよ」
サイトスラスト → 偽ユイナが正確に対応
記憶リンク → 相殺
カウンター → 予測され回避
だが、ユイナは叫ぶ。
「私は、“演じること”を恐れてない。
仮面の中の誰かじゃなくて、**全部が“私”だから、揺らいでも立てる!」
最後、ユイナは**未起動の“感情記録マスク”**を自分に装着。
アメト、レオ、ヴァロ――すべての想いが回路として走る。
仮面を壊さず、受け入れたまま、拳に想いを込めて――
一撃。
模倣体が破裂する。ナヲナシの“人の姿”が崩れ始める。
最後に、彼は――かすかに笑った。
「……まだ、間に合うかもしれないな。“誰かであること”のままでも」
そして、彼の存在は光の粒となり、記憶の空へ還っていった。
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