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「静かに沈んで、泡になれ——蒼泡の檻」
ぽつりと呟かれたその言葉と共に、
湿った空気が一瞬震えた。
ネリネの手のひらから生まれた青白い泡が、
ふわりと宙に浮かび、風もなく静止する。
泡はやがて、試験用の標的を包み込むように広がり、
そのままふんわりと閉じて、閉じ込めた。
「ふむ、完璧ですね」
ジェイドの拍手が、練習場に軽やかに響く。
「……別に、褒められるためにやったわけじゃないけど」
「でも、見事だったのは事実です」
ネリネはつまらなそうに肩をすくめ、目を細める。
「どうせまた、寮長とかに報告して、めんどくさいことに巻き込むんでしょ?
……ボク、そういうの嫌」
「ふふ、相変わらずですね。でも、あなたの魔法は注目に値するものですよ」
ネリネは返事をしない。代わりに、空を見上げる。雲の切れ間から、わずかに陽が差していた。
* * *
昼休みの食堂。
カウンター席の片隅で、ネリネはスープをすすっている。
隣に座っているのは、当然のようにジェイドだ。
「今日もキミと一緒なんだねぇ、ジェイド」
向かいからフロイドが身を乗り出し、ニヤニヤと笑う。
「ねぇジェイド。クジラちゃんってさ、
何考えてるのかわっかんないよねぇ。つまんないの?」
「……考えてないだけだよ。めんどくさいし」
「わっは〜、だよねぇ〜!」
ネリネはうるさそうに視線をそらし、ジェイドの袖を引く。
「……ねぇ、眠くなってきた。教室戻るの面倒」
「では、図書室で休んでいきますか?」
「うん。ついてきて」
まるで子どもが親を頼るような素振り。
けれど、そこに甘えた表情はない。
ただ、当たり前のように。
( ボクが呼べば、ジェイドは来る )
それが、幼い頃からの“当たり前”。
でも最近、ふとした瞬間に胸がふわりと苦しくなることがある。
彼が笑うと、どこか置いていかれる気がする。
彼が誰かと話していると、自分だけ泡の外にいる気がする。
——この気持ちに、名前はまだない。
ただ、静かに広がる。まるで、泡のように。