テラーノベル
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放課後の階段。教室から少し離れた踊り場に、遥はひとりで立っていた。視線は遠く、風に少しだけ髪が揺れている。
その背に、静かな足音が近づいてくる。日下部だった。だが、遥は振り向かない。
しばらく沈黙が続いた。
そして、遥は低く、切るように言った。
「……もう、近くにいないほうがいい」
日下部は何も言わない。だが、遥は続ける。
「俺といるせいで、お前まで……」
声がかすれる。「壊れる」と言おうとして、言えなかった。
日下部は、それでも黙っていた。
それが、遥には苦しかった。
否定してほしかったわけじゃない。ただ、どうしようもないこの現実を、誰かに「黙って受け入れられる」ことが、何より痛かった。
「なんで何も言わないの」
怒りに似た響きが混じった。
それでも日下部は、静かに遥の隣に立つだけだった。
目を合わせようとしない遥に、何も押し付けず、何も否定せず。
その距離感が、遥の中の何かを揺らした。
逃げても、拒んでも、踏み越えてこない。
だが、決して離れない。
遥は苦しげに笑った。
「……ほんと、お前、ずるいよな」
その場に、それ以上の言葉は落ちなかった。
翌朝。
遥の机に、“あるもの”が置かれていた。
封筒の中に入っていたのは──
教室の天井カメラから盗み出された映像の静止画だった。
遥が日下部のシャツを握っている場面。
距離が近すぎるように“見える”角度。
さらにその下に──白く、印刷された一文。
《こんな関係、学校で許されるの?》
差出人の名はない。ただの無記名コピー用紙。
数時間後、その画像はSNSの「告発系アカウント」にも転載された。
「問題のある関係」
「教師が見て見ぬふりしてる生徒の実態」
そんな見出しが踊る。
今度は「匿名の言葉」ではなく、「“証拠”がある」という形で、
二人の関係は“事実”として消費され始めた。
遥はもう、日下部と目を合わせなかった。
近づくことすら避けるようになった。
日下部も、無理に追いかけない。
それが今、遥の「ぎりぎりの均衡」だとわかっていたから。
でも──沈黙の向こうで、遥の精神はじわじわと削られていく。
そして。
蓮司は、遥がひとりになった放課後を選ぶ。
次の狙いは、“自壊を促す”一手だった。
遥が自分を「完全な加害者」だと信じ込むよう、
過去を引きずり出す準備をしていた。
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