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「ねぇ、君たち。ちょっと時間ある?」
下校途中、沢田と鈴が道端で誰かに声をかけられた。爽やかな笑顔の男が、パンフレットを差し出している。
「君たちの未来をより良いものにするために——」
「あっ、勧誘ですか。 我が闇の力には不要なものですが…」
「いらないわよ…」
沢田がまたかと言う顔で、鈴が困った顔でいる。
蘭がすっと二人の前に立った。
「先輩、沢田、行きましょう」
「でも、なんか面白そうな話聞けるか知らないですよ。君たちの世界をよくするためにはこの宗教が必要で…。今なら聖水だって…!」
「行きます」
普段は冗談ばかりの蘭の声が、珍しく低く落ちる。沢田も鈴も、その雰囲気に気圧され、思わず後ずさる。
「ちょ、ちょっと待ってよ、話くらい——」
「彼らには関係のない話です。もう行きますね」
そう言いながら、蘭は二人の腕を引き、さっさと歩き出した。背後で勧誘者が何か言いかけたが、蘭は一切振り向かず、そのまま角を曲がる。
「え、蘭?なんか珍しく真面目じゃない?」
「ふたりとも、もうあんな人と関わらないでくださいね」
そう言った蘭の声は、普段の軽い調子ではなく、ひどく冷たいものだった。
沢田と鈴を安全な場所まで送ると、蘭は「じゃ、また明日」とだけ言って、再びあの場所へと戻っていった。
勧誘者はまだそこにいた。蘭が静かに近づくと、男は怪訝そうにこちらを見る。
「……君、まだ何か?」
蘭は何も言わない。ただじっと、静かに相手を見つめた。
先ほどまでの穏やかな笑顔はなく、冷ややかに細められた瞳が、鋭く相手を射抜く。口元の微笑みすら消えているのに、どこか不気味な余裕すら感じさせる雰囲気。
「……何?」
相手が気まずそうに視線を逸らした瞬間、蘭は口を開いた。
「二度と、僕の先輩と友達に話しかけないでください」
低く静かな声。抑揚のないその言葉には、妙な圧があった。
「あの二人に手を出すなら——僕が、あなたを許しません」
一歩、蘭が踏み出す。相手はびくりと肩を震わせ、明らかに怯えた表情を見せた。
「……っ」
沈黙が続いた後、男は小さく舌打ちし、そそくさと立ち去った。蘭はそれをじっと見送ると、ふっと目を伏せ、小さく息を吐く。
——静かに怒る。何も言わず、ただ視線だけで相手を追い詰める。
普段の残念な言動とはかけ離れた、蘭のもう一つの顔だった。
「神様がいるなら…どうして僕らは幸せにしてくれないんですか…」