杖を構え、魔核を狙って、初めてヒルデガルドは詠唱し、魔法陣を生成する。
「湧きたる根源、はてなき憤怒は大地さえも貫く槍となる。獰猛なる咆哮と響け、炎の精霊よ!──《ザラマンデル・ブレス》!」
翡翠の宝玉がルビーのように紅く染まり、流し込まれた魔力を火炎として放つ。クリスタルスライムは液体を瞬時に結晶へ戻して、あっけなく防いでみせる。他の生物ならば灰になるような威力でも、傷ひとつなかった。
「……ちっ、まあまあ高めの威力で撃ったんだがな」
クリスタルスライムは典型的な〝防御力特化〟の魔物だ。魔核そのものは非常に脆いため、外部を纏う結晶の殻で守っている。瞬時に液体化もできるので衝撃に対しても強く、またあらゆる属性の魔法に対しても耐性が高い。
それゆえにヒルデガルドは威力自体を高めたが、部屋がさほど広くない影響で、背後にいるイーリスを気遣って抑えられた状態では、頑丈さが売りの相手を傷つけるには至らなかった。
『────!』
魔核が何らかの音を発した。金属がぶつかって高く響くのに似ている。同時に二本の腕が手を組み、硬化して、槌のように高い位置からヒルデガルド目掛けて振り下ろされた。強い魔力の波に振るった杖が薄青に輝いて膜のような壁で防ぐ。
「ヒ、ヒルデガルド! ボクに手伝えることは!?」
「悪いが、今は何もない! こいつは君には荷が重い!」
何度も打ち付けられるのを耐えながら、隙を窺う。クリスタルスライムの猛攻は歴戦の冒険者であっても容易に防ぎきれるものではない。だが、かといって無敵の強さを誇ってもいない。撃ちこむタイミングを彼女は待ち続ける。
(……ん? あいつ、よく見ると本体の周囲は液体化したままなのか?)
殻の中にある魔核さえ砕ければ。もし魔法を撃ち込めたなら、液体化している殻は簡単に貫ける。しかし、魔核の防御反応の速度は風が吹くよりも速い。間に合うかどうか、とイーリスを振り返った。
「すまん、イーリス! そこの男を引きずってでも通路に連れて行ってくれ。試したいことがあるが、君たちを巻き込む可能性が高い!」
「う、うん! わかった、それくらいすぐだ!」
屈強な男を運ぶのは大変だが、魔法で風を起こして僅かにでも持ち上げられれば、あとは荷車に乗せたように引っ張っていくだけだ。基本的に体力のない魔導師ならではの手段でイーリスが撤退したら、ヒルデガルドは遠慮の必要がなくなった。
「フッ、これで対等だな。では反撃と行こう!」
魔力の壁を解くと同時に、振り下ろされた腕を飛び跳ねてかわしながら、杖の先を魔核へ向ける。蒼白く輝く宝玉から雷撃が閃光となって撃たれるが、やはり硬化するとあっさり防がれた。それでもヒルデガルドはニヤリと笑う。
「なるほど。本体の防御には魔力を集中させるのか」
腕の硬化が叩きつける瞬間に解け、べしゃりと散った。本来のクリスタルスライムはばらばらになっても再び塊に戻るが、本体が攻撃を受けて防御に回ると、一滴も動かず、元に戻る様子がない。本能的に防衛機能を働かせ、攻撃や分離してしまった結晶の修復がおろそかになる。ヒルデガルドは明確な突破口を見つけたのだ。
「試させてもらうとしよう。詠唱なしだと多少は威力も落ちるだろうが、それでもさっきよりは十分だ。《ザラマンデル・ブレス》!」
噴き出した火炎が腕だったものを焼き尽くす。液体は高熱に弱く、あっという間に蒸発して消えた。弱点がないはずだったクリスタルスライムのたったひとつの弱点。それを補って余りある防御に特化した本能は、コボルトロードと違って理性がないという点で、確実に倒せると彼女は理解した。
「……フ、やはりそういうことか」
彼女が攻撃の手を止めた途端、魔核の殻は再び液体へ戻り、腕を再構築する。そのとき本体の殻が小さくなったのを見逃さない。無限に思える再生能力。他の追随を許さない防御能力。戦い方を知らなければ無敵とも言える能力でも、万能とは程遠い。ましてや操るのが理性のない魔物となれば、なおさらだ。
「久しぶりに良い情報が手に入ったよ。では後始末の時間だ」
知性なき怪物の行動はパターンが決まっている。攻撃手段を失えば殻を使って補うしかない。小さくなれば魔核の防御能力は低くなっていき、やがては簡単に本体ごと砕けてしまうだろう。何度も同じ方法で腕がつくられる度に、ヒルデガルドは本体を攻撃して腕を液体化させ、高威力の《ザラマンデル・ブレス》で焼き尽くし、クリスタルスライムの弱体化を狙っていく。
液体化と硬化ができるのはあくまで本体が取り込んで殻にしている部分のみであり、部屋を覆う結晶は擬態のために取り込まなかったせいか、比較的に楽をして弱らせることができた。ある程度まで結晶が小さくなったら狙うのは本体だ。腕を再構築する隙を狙って、再びヒルデガルドは詠唱を行って、最大威力の《ザラマンデル・ブレス》を放つ。
「流石に手強かったが、これで終わりだ!」
小さな結晶の殻では魔核への直接的な攻撃は防いだとしても、弱点である熱に耐えきれない。直撃と同時に爆炎が起き、結晶は衝撃と熱量の総攻撃に限界を迎え、割れて弾け飛び、石ころのような本体は熱に耐えきれず灰になった。
最後に転がったひび割れた結晶は魔力を帯びて光り輝いており、小さいながらも魔水晶としての価値はあるだろう、と拾い上げる。
「このサイズだと二、三日の食事代にしかならないな」
苦労に見合わない小さな報酬だ、と肩をすくめて笑った。
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