テラーノベル
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悔しさに唇を噛みながら、澪は震える声を必死に抑え込んだ。
「……大体、お前……。普段の物静かな顔と、その態度のギャップはなんだよ。一体、俺に何の恨みがあって、こんな真似をする……」
脅されている身でありながら、ついプライドから、愚痴交じりの抗議が零れ落ちた。
芹沢は、まるで天気の話でもされたかのように、軽く肩をすくめた。
「恨みなんてありませんよ。ただ……」
唇の端を持ち上げ、ソファの背もたれに片手をつく。影が、澪の上に落ちた。
声が、一段、低くなる。
「――編集長の、そういう余裕のない顔を見るのが、結構好きなんですよね」
「なっ……!」
言葉を失った澪を眺めながら、芹沢は、ふと思い出したように首を傾げた。
「そういえば俺、ずっと不思議に思ってる事があるんですよね」
「……なんだ」
「編集長は、人の才能を見つける目が凄いじゃないですか。原石の価値を一発で見抜くって、社内でも評判だ。それなのに、なんで今更、あんな出張ホストの取材なんて、する必要があったんですか? あの夜、取材って言ってましたよね。そんな企画、うちの雑誌にありましたっけ?」
――ズシン、と、心臓が重く跳ねた。
血の気が、一気に引いていく。
絶対に、この男にだけは知られたくない秘密がある。自分が趣味でひっそりと、しかし執念深く小説を書いていることなど、死んでも知られてなるものか。
ましてや、その描写にリアリティを出したくて、経験のなさを埋めるために「ホストを呼んだ」などとは、口が裂けても言えるわけがない。
「っ……、それは、その……!」
言葉に詰まり、冷や汗が背中を伝う。追い詰められた先で、咄嗟に、口をついて出た。
「だ、誰にだって、言いたくない秘密の一つや二つ、あるだろうが!」
言ってから、気づいた。
「へえ」
芹沢の目が、細くなる。
「秘密、あるんですね」
(――っ、しまった……!)
墓穴だ。自分から、あると認めてしまった。
慌てて、話題をひっくり返す。
「……っ、お前だってそうだろう? 社内の人間にこんな真似をしていることや、隠れてホストなんてバイトをやっていることが上の連中にバレたら、ただじゃ済まないだろうが!」
しかし、芹沢は微塵も動揺せず、むしろ心底くだらなそうに肩をすくめた。
「別に、副業やってる人間なんて、今の時代いくらでもいますって。それに……俺をクビにでもします? できるなら、どうぞ」
「なっ……」
「それに、俺を辞めさせていいんですか?」
痛いところを突かれた。
存在感はないくせに、数字だけは別だった。芹沢の営業成績は、社内でぶっちぎりの一位だ。その男が押さえている書店との取引が崩れれば、編集部の雑誌の部数は、そのまま落ちる。個人的な私怨で切るなど、編集長として、絶対にあり得ない。
(……足元を見やがって、クソが……!)
心の中で激しく悪態を吐きながら、澪は、逃げ場のない現実に奥歯を噛み締めた。
もう、抵抗する術はない。
テーブルの上では、いつの間にか芹沢が栓を抜き、二つのグラスに赤を注いでいた。負け犬の気分で、澪は震える手でグラスを掴み、中身を喉へ流し込む。渋みと酸味が、荒立った胃の腑に重く沈んだ。
「いい飲みっぷりですね」
グラスを置いた澪の横で、芹沢が、楽しそうに喉を鳴らした。
「秘密の中身は、今日のところは聞かないでおいてあげます」
(……今日のところは、だと……?)
背筋を、冷たいものが這い上がっていく。
その言葉の意味を、澪はまだ、飲み込めずにいた。
コメント
1件
第10話、めちゃくちゃ熱かったっす…! 芹沢の「余裕のない顔を見るのが好き」って台詞がもう全てを物語ってて、澪のプライドがズタズタにされる感じが手に取るように伝わってきた。 編集長の権威も秘密も全部見透かされて、逃げ場を失ってるのが読んでて苦しいけど、続きが気になりすぎるw あと、タイミングよく注がれるワインの描写が大人の駆け引き感出してて良いんだよな〜。 次話、絶対読むわ🔥
#四季総受け
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