ひゅうがは少し沈黙の後、車の中に響くようにぼそっと言った。
「ゆうた、俺もさ、いい事あったんだよね。」
その言葉に、ゆうたは思わず顔を上げた。何気なく耳にしたその言葉が、妙に気になった。
「え、なに?ひゅうがも彼女できたの?」
ゆうたは驚いて問いかけた。ひゅうがが最近、誰かと良い関係を築いているのかと思っていたから、その話題には少し興味が湧いた。
だが、ひゅうがは静かに首を横に振ると、少し寂しげに、でもどこか照れたような表情を浮かべて答えた。
「いや、そうじゃなくて…。」
その言葉に、ゆうたはますます困惑した。ひゅうがが言う「いい事」というのが、彼女と関係がないことは分かってきた。
でも、何が良い事だったのか、全く想像がつかなかった。
「何だよ、それ、気になるじゃん。」
ゆうたは少し眉をひそめながら、無意識に答えた。
ひゅうがは少し黙ったまま、道路の先を見つめていた。
風景が流れる中で、彼の表情はどこか遠くを見ているようだった。やがて、ゆうたの方に目を向けて、ほんの少しの間を置いてから、静かに言った。
「知りたい?」
その言葉に、ゆうたはふと心の中でドキッとした。
何だか、ひゅうががこの質問をわざと投げかけているように感じた。ゆうたはすぐにひゅうがの目を見つめ、答えた。
「うん、知りたい。」
その一言が、まるで重たい扉を開けるような感覚を引き起こした。
ひゅうがは少しだけ笑みを浮かべて、視線をゆうたから外すことなく言葉を続けた。
「俺さ、好きな子とドライブしてさ、助手席に乗せて、好きな子の好きな人の話を聞いてんだよね。」
その言葉の意味を最初は理解できなかった。
ゆうたはちょっと驚いて、ひゅうがの表情を見つめた。
ひゅうがはゆっくりと話し続けた。
「でも、それってさ、俺にチャンスあるってことだろ?だから、いい事あった。」
その瞬間、ゆうたの胸が一瞬、凍りついたように感じた。
「…え?」
それが頭に深く染み込んだとき、ようやくゆうたは理解した。
ひゅうがが言っている「好きな子」というのが、まさか自分のことだとは思わなかった。
助手席に座っている自分のことを言っているのだと気づいた。ひゅうがの視線が優しさと少しの不安を含んでいて、ゆうたはその意味をようやく飲み込んだ。
心臓が一瞬、止まりそうなほどドキドキして、息を呑んだ。
「それって、俺のこと…?」
ゆうたは自分の声が震えていることに気づきながら、そっと問いかけた。ひゅうがは無言で少しだけ目を伏せ、しばらくの間車内に静寂が広がった。
ひゅうがはそれから、ゆうたをじっと見つめながら、静かに答えた。
「そうだよ。」
その言葉は、ゆうたの胸の奥でずっしりと響いた。ひゅうがが自分に向けている気持ちを、ようやく理解できた瞬間だった。
ゆうたはその答えを受けて、どうしていいかわからなかった。
心の中で、何度も自分に問いかけていた。
「本当に…?」と。
だけど、ひゅうがの目は、疑いようのない真剣さで自分を見つめていて、その視線に逆らえなかった。
「ひゅうが…」
言葉が出ない。
自分が抱えていた思いが、今まさに明確になった。
でも、その感情にどう答えていいのか、ゆうたはその時、まだわからなかった。
ひゅうがは少しだけ肩をすくめ、照れくさそうに笑った。
「今はゆうたがどう思ってるかなんてわからないけど、俺は本気だからさ」
その言葉に、ゆうたは胸の奥で何かが揺れるのを感じた。
ひゅうがの気持ちに応えられる自分であればいいのにと思う反面、やまとへの想いがまだ心に深く刻まれていて、その間に挟まれた自分がどうすればいいのか、答えを出せないでいた。
「ごめん、ちょっと…考えさせて。」
ゆうたはそう言うのが精一杯で、窓の外を見ながら深く息を吐いた。ひゅうがはその言葉に軽く頷き、しばらく無言で車を走らせていた。
ゆうたの心はまだ整理がつかない。
ひゅうがの気持ち、そしてやまとのこと、自分がどれだけこの気持ちに正直になれないのか、あまりにも多くの感情が一度に押し寄せてきていた。
でも、確かにひゅうがが自分に向けてくれた温かさ、優しさは真実だということだけは、確かに感じていた。
「ゆうた、俺、これから積極的に行くから覚悟しとけよ」
こういうときのひゅうがはほんとに凄い。それが一番理解できるからこそ、ゆうたの心は複雑だった。
…… ᴛᴏ ʙᴇ ᴄᴏɴᴛɪɴᴜᴇᴅ