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あの日、翔太と話してから一週間。
康二と翔太は、ほとんど連絡を取っていなかった。
以前なら、朝起きれば「おはよ」のメッセージが届いていた。
仕事が終われば「今日もお疲れ」と連絡が来た。
何気ない出来事を報告して、くだらないことで笑って。
そんな毎日が、いつの間にか当たり前になっていた。
でも今は。
スマホを開いても、翔太からのメッセージはない。
自分から距離を置こうと言ったのだから、当然だった。
それなのに。
「……寂しいなぁ」
康二は、ぽつりとつぶやいた。
会いたい。
声が聞きたい。
いつものように、少し意地悪そうに笑う翔太を見たい。
けれど、会いたいと言ってしまったら。
せっかく決めた覚悟が、揺らいでしまいそうだった。
*
その頃、翔太もまた、スマホを眺めていた。
メッセージを送ろうとして、やめる。
電話をかけようとして、やめる。
何度も同じことを繰り返していた。
「……何やってんだろ、俺」
隣にいたメンバーが、不思議そうに顔をのぞき込む。
「翔太、最近元気なくない?」
「そう?」
「なんかあった?」
「……別に」
そう答えたものの、翔太の頭に浮かぶのは、いつだって同じ人だった。
康二。
最後に会ったときの、少し困ったような笑顔。
『好きやから、怖いねん』
あの言葉が、ずっと頭から離れなかった。
翔太は、康二の気持ちを否定したくなかった。
自分の仕事を大切に思ってくれていることも、二人の関係を心配してくれていることも、ちゃんとわかっている。
でも。
「……会いてぇな」
思わずこぼれた本音に、翔太自身が小さく笑った。
こんなに誰かに会いたいと思ったのは、いつぶりだろう。
*
土曜日。
康二は仕事を終え、カフェの片づけをしていた。
窓の外は、すっかり夕暮れだった。
最後のお客さんが帰り、店内が静かになる。
そのとき。
カラン、とドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませ」
顔を上げた康二は、動きを止めた。
そこに立っていたのは、翔太だった。
帽子を深くかぶり、周囲を気にしながら店内に入ってくる。
「……翔太?」
「お疲れ」
いつもと同じ声。
けれど、その表情は少しだけ緊張していた。
「なんで……」
「来ちゃだめだった?」
「そういうわけちゃうけど……」
康二は言葉に詰まった。
翔太はカウンターの前まで来ると、静かに言った。
「話したくて」
「……」
「ちゃんと、康二と話したかった」
康二は視線を落とした。
会いたかった。
本当は、ずっと。
でも、いざ目の前にすると、何を話せばいいのかわからなかった。
「……もう、距離置くって決めたやん」
「うん」
「やったら、来んほうがよかったんちゃう?」
翔太は少しだけ眉を下げた。
「そうかもしれない」
「……」
「でも、俺が会いたかった」
その一言で、康二の胸がぎゅっと苦しくなった。
「康二に会いたかったんだよ」
翔太は続けた。
「連絡しないようにしてた。康二が考える時間も必要だと思ったから」
「……うん」
「でも、毎日連絡しそうになってた」
少し照れたように笑う。
「今日何してるかな、とか。ちゃんとご飯食べてるかな、とか。そんなことばっか考えてた」
康二は、思わず笑ってしまった。
「……なにそれ」
「いや、俺もびっくりしてる」
二人の間に、久しぶりの柔らかい空気が流れた。
でも、康二はすぐに表情を戻した。
「……翔太」
「ん?」
「俺、まだ怖いねん」
翔太は黙ってうなずいた。
「翔太のことが好きやから、応援したい。仕事も大切にしてほしい。俺のせいで何か変わってほしくない」
「うん」
「せやから、離れたほうがええんかなって……ずっと考えてた」
声が少し震えた。
「でもな、離れてみても、全然平気ちゃうかった」
翔太の目が、ゆっくりと康二に向く。
「毎日、連絡したいって思ってた。会いたいって思ってた」
康二は小さく笑った。
「……ほんま、あかんなぁ。自分から距離置こうって言うたくせに」
「……あかんなんてことないよ」
翔太は優しく言った。
「俺も同じだから」
「え?」
「離れてみても、康二が好きだった」
その言葉に、康二の目が揺れた。
翔太はまっすぐに康二を見つめる。
「俺だって、康二のことを守りたい。無理させたくない。怖い思いもさせたくない」
そして、少しだけ笑った。
「だから、二人で考えたいんだよ。康二だけに決めさせるんじゃなくて」
康二は何度もうなずいた。
「……うん」
「すぐに答えを出さなくてもいい。無理に前と同じに戻らなくてもいい」
翔太は言葉を選びながら続けた。
「ただ、康二がひとりで悩んで、ひとりで俺から離れようとするのは……ちょっと寂しい」
「……ごめん」
「謝らなくていいよ」
少しの沈黙。
それから、康二が小さな声で言った。
「……俺も、会いたかった」
翔太は一瞬、驚いたように目を見開いた。
そして、ほっとしたように笑った。
「……よかった」
「何が?」
「俺だけじゃなかったんだって思って」
康二も笑う。
「そんなん、当たり前やん」
「ほんと?」
「……ほんまやで」
久しぶりに、康二の関西弁が店内に響いた。
翔太はうれしそうに目を細めた。
「やっぱ、それ好き」
「……もう、そういうこと言わんといて」
「なんで?」
「……照れるから」
「ははっ、かわいい」
「翔太!」
二人で笑った。
たったそれだけのことが、どうしようもなくうれしかった。
*
帰り際。
翔太は帽子をかぶり直し、ドアの前で振り返った。
「康二」
「ん?」
「また、会いに来てもいい?」
康二は少し考えた。
以前のように、何も心配せずに会えるわけではない。
これからも、二人で考えなければならないことはたくさんある。
それでも。
「……うん。また来て」
康二が笑うと、翔太も笑った。
「約束ね」
「うん、約束」
翔太が店を出ていく。
ドアベルの音が、静かな店内に響いた。
康二はその場に立ったまま、しばらく動けなかった。
不安がなくなったわけじゃない。
明日からすべてが元通りになるわけでもない。
それでも、ひとつだけわかったことがあった。
離れることだけが、相手を大切にする方法じゃない。
二人で悩んで、二人で考えて、それでも一緒にいたいと思えるなら。
きっと、別の答えもあるはずだ。
康二はスマホを手に取った。
そして、久しぶりに自分からメッセージを送った。
康二:今日は来てくれてありがとう
すぐに返信が届く。
翔太:こちらこそ。会えてよかった
少し間が空いて、もう一通。
翔太:やっぱり、康二に会いたかった
康二は画面を見つめ、頬を緩めた。
康二:……俺もやで
送信したあと、スマホを胸元に抱える。
少しだけ、前に進めた気がした。
二人の恋は、まだ簡単じゃない。
でも。
今度は、ひとりで答えを出さなくてもいい。
そう思えた夜だった。
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はんぎょ
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