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翌日の午前中、私たちは白砂神社を訪れた。
お祭りの警備を任された上は、しっかりと現場の様子を把握しておきたいという、ほのっちの意向に則ったものである。
この御宮は、昔の社格で言えば村社に相当し、規模としてはそこまで大きなものではない。
かつては、白い砂浜に臨む豊かな松林の中に在って、近隣住民の崇敬をよく集めていた。
「久しぶりに来た! この神社……、てか、つー姉ちゃん家!」
「な? そういや、あそこのカレー屋ってまだあんのかなぁ?」
それが現在では、入り組んだ住宅地の中ほどに、すっかりと紛れ込んでしまっている。
海浜の埋め立てに始まる、大規模な都市開発。
数十年の内に、すっかりと様変わりした町の景観。
それが良いことなのか悪いことなのか、私には判らない。
いや、きっと良いことなのだと思う。
都市の機能が向上すれば、住民の生活も便利で豊かなものになる。
何より、こうした事業の大っぴらな推進は、市の経済がきちんと動いている証拠だろう。
「あるよ? お母さんがやってるの」
「お、マジで? 懐かし。 子供ん頃よく行ったんだよなー」
「え? つー姉ちゃんのお母さんって、神社の人じゃないの?」
「あ、違うくて………。 同級生のお母さんね?」
我ながら、なんとも俗っぽい考え方をしているなと思う。
いくら即物的な利益を得ることができても、思い出は………。
私たちの親の世代、そのまた親の世代が眺めた風景が、徐々に失われつつある。
言い方は悪いが、それはまるでゆっくりと人体を侵蝕する病巣のようだ。
幼なじみと走り回った公園も。 虫取り網を手に、みんなで集合した田んぼも。 そして、私たちが出会ったあの池も。
このまま再開発が進めば、きっと。
「……望月さん? あの、一回離しません?」
「やだ………」
こうして、白砂神社の古びた鳥居を眺めるたびに思う。
もっと堂々としていても良いはずのそれが、何だか肩身を狭めているような。
周りの景観に馴染めず、浮いているような。 あるいは、時代に取り残されたような。
どことなく、物悲しい気色を覚えてしまうのだ。
以前、その旨を明戸さんに伝えたことがある。
そんな不躾な物言いに対し、彼女はこのように応じてくれた。
『おじいちゃんとかはどう思ってるのか分からないけど、私は安心するよ? すぐお隣に、人ん家があると』
それは、一種の“輪”なのだと思う。
ご近所の輪、市町という輪。
他人の営みを身近に感じることができれば、自分もまた輪の一員としてそこに居るのだと、改めて実感できる。
「千妃ちゃん、泊まったの?」
「そうなんだってー。 私にも声かけてくれればいいのにさーぁ?」
「それにしても仲いいね? 千妃ちゃんと穂葉ちゃん。 寝たの?」
「べ………っ!? ね……っ? マジか!?」
人間は、決して強い生き物じゃない。
だから群れを作りもするし、難題には知恵を出し合って立ち向かう。
「え、うん。 一緒に寝ましたよ? 遅くまでゲームしちゃった」
「あ、そういう………」
「え? 私また、変なこと訊いたかな?」
「気にしなくていいよ、つー姉ちゃん。 幸介が変なだけだから」
あれから、ずっと考えてる。
どうすれば、彼女たちの役に立てるのか?
妙案を得られないまま、とにかく友人の側を離れないよう心掛けてはいるものの、自分でも若干、空回りしている感を否めない。
四六時中べったりという訳にはいかないし、史さんの方にも気を向けないといけない。
ここはやっぱり、幼なじみにも相談すべきだろうか?
“人間に害はない”
あの少年の形をした神さま、吹さんの言葉を信じて。
仄かに香る潮風の中、「ほれ、行くぜ?」と、史さんが先頭を切って鳥居を潜り抜けた。
私たちも、その後にぞろぞろと続く。
「あ、もう結構お店とか入ってるんだ?」
「うん、そうだね? 今年はわりと多いほうかも」
決して窮屈という程では無いが、少しばかり手狭な境内には、いたる所にブルーシートに覆われた出店屋台の形体が見て取れる。
お祭りの開催日は、明後日と明々後日の二日間。
明戸さんの勧めに応じ、ひとまず彼女のご家族のほうへ、挨拶に伺うことになった。