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拝殿の脇を通過し、境内のさらに奥へ進むと、でんと構えた本殿があって、その傍らに明戸さん家は併設されている。
年季の入った日本家屋だ。
居心地のいい応接間に通された私たちの元へ、彼女のお母さんがよく冷えた麦茶を差し出してくれた。
「この度はご足労頂きまして」
小さい頃に何度か会った記憶があるのだけど、いま改めて見ても、やっぱり明戸さんは母親似のようだ。
どことなく面影がある。
「みんなもお久し振り」
こちらの事を覚えていてくれたのか、愛想よく笑ったお母さんは、次いで表情をキリッと正し、史さんのほうに向き直った。
「お世話になります。 それに、先日は水ちゃん様がご迷惑を」
「いやいや。 振り回されるのは馴れてるもんで。 お気になさらず」
「そういえば、もうお付き合いのほうも相当?」
「ん、そうさな……? 高羽に来てすぐだから──」
二人の世間話を聞きながら、雪見障子の向こうに目を向ける。
縁側に面して、程よいスペースの中庭が設けられており、数種の木々に古寂びた灯籠が見て取れた。
非常に風情があって、雰囲気の良いお庭だ。
「そういや、ご亭主はお元気にされてるかい?」
お茶をチビリとやった史さんが、何気なく訊ねた。
明戸さんのお父さんというと、当代の宮司さんだ。
「いやなにね? 前に何遍か一緒に呑んだことあって」
このヒトは、地味に交友関係が広い。
朝の公園で、近所のお年寄りたちとグラウンドゴルフに興じる姿を、何度か目撃したことがある。
さておき、明戸さんパパ………。
何だろう? なにか、懐かしいものが込み上げてくるような。
「そうだ、飴のおっちゃん!」と、俄かに膝を打った幸介が、当面の疑問を解消してくれた。
「あ、そっか! いつも飴ちゃんくれた……。 あの人、明戸さんのパパだったんだ?」
同じく思い出した様子のタマちゃんが、納得の表情でコクコクと頷いた。
そうだ。 飴のおっちゃん。
あの頃はたしか、まだおじいちゃんが宮司さんを務めていて、割合に身軽な明戸さんパパが、時おり子供たちの相手をしてくれていたんだっけ?
「そいでまぁ、最近はあんまし見かけねぇんで、どうしてるのかなと思って」
これに対し、ふふ……と笑んだお母さんは、額に垂れたほつれ髪を繕いつつ、短く応じた。
「あの人なら、もう居ません」
史さんがお茶を吹き出し、幸介が激しく咳き込んだ。
肩をギクリとやったタマちゃんが、ぎこちない動作でこちらに真っ青な顔を向けた。
その顔を見て思った。 まるで、鏡を覗き込んでいるような心地だ。
「あ、そりゃ……。 悪いこと訊いちまって……」
ほのっちにジロリと苛まれ、ともかく平謝りの史さんに、明戸さんはキョトンとした表情で、さも当然のように言った。
「え? お父さんなら、挨拶まわりに行ってるよ?」
「え?」
「氏子さんのところ」
「なに………?」
言葉足らずのルーツが、思わぬ形で判明した。
明戸さんが母親に似たのは、なにも顔貌だけではなかったらしい。
その後。
ひとまずお宅を辞した私たちは、境内の各所を検分する友人たちの後を、ふらふらと付いて回った。
鳥居はきちんと“施錠”されているか。
周囲を巡る瑞垣に異常はないか。
果ては、善からぬモノの侵入を許した際の、基本的な立ち回りについて。
『“神無月の神社”ってのを聞いたこたぁ無えか?』と、きのう明戸さんが帰ったあと、史さんが説明してくれた。
ひと口に“お祭りの警備”と言っても、あまりピンと来ない。
せいぜい、地元の秋祭りで見かける交通整理の人たちが、何となく思い浮かぶくらいなものだった。
『神無月の………、怪談だっけ? 夕方の境内に何かいるっていう』
『あぁ。 主が不在にしてる宮さんには、たまに質の悪いのが入り込んじまうんだよ』
『廃神社はヤバいっていうのと、同じ感じ?』
『お前……。 そんなトコ、間違っても行くんじゃねぇぞ?』
言われなくても、そういった場所に興味本位で近づく気はない。
ただ、どこがどのように危険なのか。 具体的なところが分からない。
忘れ去られた廃神社とは言え、元は神聖な場所だったという事実に変わりはないはずだ。
善からぬモノがおいそれと立ち入ったり、安易に根城にしたり出来るものなんだろうか?
そんな疑問に、史さんは「それだよ正に」と、眉を顰めて応じた。
『“神社ってのは神聖な場所だ” そんな風に思い込んでる者が、何かの拍子にそこへふらっと迷い込んで、そのまんま問題なく居着いちまえたとするだろ?』
『……ひょっとして、勘違いする?』
『そう。 神聖な場所に、当たり前のように居座ることができる自分は』
『“神さまだ”って………?』
もちろん、その者が本当に神性を得るわけじゃない。
それどころか、輪郭のあやふやな神さまモドキに変じてしまうという。
『それは、危険なもの?』
『あぁ。 たいてい厄しか運ばねぇわな。 ロクなもんじゃねぇ………』
苦々しい口振りで、史さんはそのように述べた。
ふと、背筋を冷たいものが過った。
御祭神が不在の神社に、もしもそんなモノが居座ってしまったら、明戸さんの家族は………。
そんな神社に、夏祭りと称して多くの人が詰めかけたら、その人たちは。
『ぼさっとしてていいの?』
『あん?』
『白砂神社、いま危ない状況なんじゃ……?』
『いや、あいつもそこまでバカじゃねぇよ』
先のは、あくまで“空き家”に関する旨であって、今件とは少しばかり事情が違うらしい。
しばらく不在にするにあたって、あの女神が鍵もかけずに出掛けることは無いだろうとの事だったが。