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エリオットが寝たあと。
静かな部屋。
チャンスは、ソファに座ったまま動かない。
寝室のドアは閉まっている。
その向こうにいるはずの気配を、確かめるように視線だけ向ける。
「……」
息を吐く。
浅い。
(混ざってる)
さっきのキス。
間違いなく、エリオットだった。
温度も、癖も、全部知ってる。
なのに――
(あいつの“間”がある)
思い出した瞬間、舌打ちしそうになる。
「……クソ」
手で顔を覆う。
忘れたはずだった。
捨てたはずだった。
――昔。
まだ、何も切り離していなかった頃。
「君は、分けられる」
低い声。
あの時と同じ、静かな圧。
「一つじゃない」
目の前にいた“あいつ”は、そう言った。
あの頃の自分は、
今よりずっと“曖昧”だった。
感情も、思考も、
境界がはっきりしていなかった。
だから――
「触れればわかる」
そう言われて、
拒めなかった。
キス。
あの瞬間、
自分の中に“入り込まれる感覚”を知った。
奪われるわけじゃない。
消えるわけでもない。
ただ――
(混ざる)
“自分じゃないもの”が、
自分の中に残る。
それが、どれだけ危険か。
気づいた時には、遅かった。
「君は、もう一人じゃない」
そう言われた時、
初めて恐怖を覚えた。
だから、切った。
全部。
関係も、場所も、名前すら。
“あいつに触れられた自分ごと”、切り捨てた。
「……それで終わったはずだろ」
呟きは、誰にも届かない。
なのに、
今。
エリオットが、同じ場所に立っている。
(違う)
あいつは違う。
エリオットは、
ゆゆゆゆ
ゆゆゆゆ
#Paycheck
ゆゆゆゆ
ちゃんと“個”がある。
曖昧じゃない。
揺れてはいるけど、まだ壊れてない。
なのに――
(引き込まれてる)
あの目。
さっきの「確かめたい」。
完全に、同じ入口に立ってる。
「……ふざけんな」
立ち上がる。
止める。
今度こそ。
あの時みたいに、
“気づいたら手遅れ”にはしない。
ドアに手をかける。
一瞬、止まる。
(言うか)
隠してたこと。
全部。
言えば――
エリオットは、戻るかもしれない。
でも同時に、
“離れる”可能性もある。
「……チッ」
選べ。
守るか。
失うか。
ゆっくり、ドアを開ける。
ベッドの上。
エリオットは眠っている。
無防備な顔。
(……こんな顔、してたか)
少しだけ、違って見える。
ほんの少しだけ。
ベッドの縁に腰を下ろす。
手を伸ばして、
髪に触れる。
「……俺はな」
小さく、呟く。
「一回、壊れた」
返事はない。
それでも続ける。
「だから、あいつを切った」
指先が、わずかに震える。
「お前まで、ああなるのは――」
そこで、言葉が止まる。
“怖い”
その一言が、
喉の奥で引っかかる。
代わりに、
「……絶対、させねえ」
低く、押し出す。
そのまま、
そっと、額に触れる。
キス。
――違う。
今度は、
混ざらない。
ただ、
エリオットだけ。
「……戻ってこい」
届くかどうかもわからない言葉を、
静かに落とした。