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ゆゆゆゆ
3,331
#doublefedora
朝。
何もなかったみたいに、始まる。
キッチン。
チャンスはいつも通りコーヒーを淹れている。
「起きたか」
振り向きもせず、そう言う。
「うん」
エリオットも、いつも通り返す。
“いつも通り”。
カップを受け取る。
指が触れる。
(……確認してる)
一瞬、そう思う。
チャンスの視線は落ち着いている。
でも、ほんのわずかに――
“測っている”。
「今日、仕事は?」
「昼から」
「……そうか」
それだけ。
会話は続かない。
なのに、
沈黙が重い。
(何も言わないのか)
昨夜のこと。
あの話しかけかけた言葉。
全部、なかったことみたいに流れていく。
(それでいいのか)
思考が浮かぶ。
でも同時に、
(……助かる)
とも思ってしまう。
知らなければ、
曖昧なままでいられる。
「……エリオット」
不意に呼ばれる。
顔を上げる。
チャンスが、近い。
「口、開けろ」
「は?」
次の瞬間、
キス。
突然。
強引に。
(……来た)
触れた瞬間、
“探られる”。
舌の動き。
呼吸の合わせ方。
全部が、
(確認だ)
逃げるでもなく、
受け入れるでもなく、
ただ、感じる。
(……違う)
やっぱり、
チャンスはチャンスだ。
混ざらない。
でも――
(……探してる)
チャンスが、
“何か”を探している。
自分の中に、
あいつの痕跡がないか。
それがわかる。
唇が離れる。
「……」
チャンスは何も言わない。
ただ、
ほんのわずかに眉を寄せる。
(見つからなかったのか)
それとも、
(あったのか)
どっちか、わからない。
「……行ってくる」
先に言ったのはエリオットだった。
チャンスは、頷くだけ。
そのまま、家を出る。
外の空気。
妙に軽い。
(何も起きてない)
そう言い聞かせる。
でも、
(進んでる)
確実に。
――ピザ屋。
仕事は、普通。
いつも通り注文を取って、
いつも通り焼いて、
いつも通り渡す。
でも、
(来る)
理由もなく、そう思う。
そして。
ドアベル。
振り向く前に、
わかる。
「こんにちは」
マフィオソ。
「……来たな」
思ったより、自然に声が出る。
「来るな、と言わなかったからな」
その言葉に、
わずかに息が詰まる。
否定できない。
マフィオソは、ゆっくりと近づく。
カウンター越し。
距離はあるはずなのに、
近い。
「顔色が違う」
「そうか」
「触れられたな」
一瞬、
止まる。
「……何の話」
「彼だ」
即答。
視線が、逃げる。
マフィオソは、それを見逃さない。
「確かめられたか」
「……ああ」
「どうだった」
その問い。
少しだけ、
考える。
(違う)
(でも)
「……わかる」
気づけば、そう答えていた。
マフィオソの目が、細くなる。
「何が」
「違うのは、わかる」
正直に、言葉を重ねる。
「でも」
そこで、止まる。
言っていいのか、
わからない。
でも――
「……足りない」
言ってしまった。
沈黙。
次の瞬間、
マフィオソが、笑う。
「そうか」
低く、満足げに。
「なら、もう一度だ」
カウンターに手をかける。
「今度は、もっと深く」
“選ばせない”声音。
エリオットは、
拒まない。
拒めない。
(……どこまで、同じだ)
確かめるために、
一歩、近づいた。
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