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「……はあ? 此奴が、平民上がりが聖女の護衛騎士だと?」
と、男は眉間にシワを寄せて言う。
私は、男の態度に腹を立てながらも冷静さを装った。
此処で、感情的になってしまえば負けである。
聖女の専属の護衛騎士はそれはもうもの凄い栄誉あることなのだ。
貴族でもなれる人は限られるし、平民では一生なれるか分からない名誉職。
だからこそ、この男も聖女の護衛騎士になりたかったのだろう。
他の騎士だってその座を虎視眈々と狙っているに違いない。
しかし、聖女である私にも少なからず決定権はあるはずだ。そう、例えば目の前の男なんかに私の護衛をして欲しくない。
護衛騎士なのだから、信頼の置ける人にして欲しい。
「そうよ! グランツは私の護衛騎士になる男なの! だから、平民だからとか言って差別しないで」
「……ハハッ、お言葉ですが聖女様。護衛騎士とは簡単になれるものじゃないのです。それこそ、平民あがりの騎士なんかには一生頑張ってもなれない名誉職ですよ?」
「さっきから、平民平民言っているけど、アンタ……グランツの実力を知らないからそんなことが言えるんでしょ?」
「何だと?」
私は、少しだけ男を挑発する。
男はすぐに挑発に乗りさらに険しい顔で私を睨んできた。それが、仮にも聖女に向ける顔なのかと私は呆れてしまう。
目の前で私を守るように立っているグランツの方がよっぽどである。
そして、そのグランツはというとゲーム内でも屈指の剣豪……攻略キャラであるからして、剣の腕前はリースと並ぶぐらいなのである。(リースがあまりにもハイスペックな為でもあるが)
だから、こんなモブ同然の騎士に負けるはずないのだ……多分。
そう思い、グランツを見ると彼は男を殺すような勢いで睨み付けていた。
その視線に気づいたのか男は一瞬狼狽える。しかし、意地をはるかのように鼻を鳴らすと私の方を見てニヤリと笑った。
「じゃあ、聖女様は此奴と俺が戦ったら、平民上がりが勝つというのですね?」
「ええ、アンタなんて瞬殺よ」
私がそう言い放つと男は、口角を上げて笑う。
「なら、今から俺と此奴が一対一の決闘をし、平民上がりが勝ったら騎士団長に聖女様の護衛騎士に推薦してやるよ。ただし、負けたらどうなるか分かってるよな?」
と、男は言うと私を睨む。
(こいつ、絶対自分が勝つって思ってる……)
確か、ゲームの中でもグランツは負けイベント以外で敗北することはなかったから、何も心配していないけど、もしものことがあれば……と、 私はチラッとグランツを見る。
グランツは、無表情のまま男を見据えている。
男はそのごもごちゃごちゃと言っていたけど私達は聞き流し、そうして決闘が楽しみだと訓練場に来るよう指示をし去って行った。
「……はぁ」
男が去って行った後、私は力が抜けたようにその場にへたり込んだ。
「何なのよ! あの男! 騎士として最悪じゃない! もう、ぼっこぼこのけちょんけちょんにしてやるんだから!」
「戦うのは、俺です」
「そうだけど! 気持ちの問題!」
グランツの言葉に私はムッとする。
確かに戦うのは、私ではなくグランツである。それに、もし負けてしまえばグランツは騎士になれなくなってしまう。
それだけは絶対に避けたい。
自分で口走っておきながら、彼の運命をこの手で握ってしまったような感覚に陥った。
「はあ……」
「何で溜息つくのよ!」
「……エトワール様は、本当に面倒なことをしてくれました」
グランツが呆れた声で言い私を、空虚な翡翠の瞳で見つめてきた。
そんなに、面倒なことをしただろうか? と思いつつも否定できないので、黙り込むしかなかった。
まあ、そうなるか。そうだよね……
私が勝手に怒って、グランツは強い。グランツが勝ったら……云々と言ってしまったわけだから。
彼からしたら、勝手なことしてくれるんじゃないって思うだろうし……
「……ごめんなさい」
「…………」
「……」
私は謝るとグランツは無言になり、気まずい空気が流れる。
そして、しばらく沈黙が続いた後にグランツが口を開いた。
それは、まるで私の心の声が聞こえたかのように的確な言葉だった。彼は、いつもの淡々とした口調で言った。
「面倒なことになりました」
「うぅ……しつこい」
「ですが――――」
そう言って、グランツは私の手を取った。
そして、真剣な眼差しで私を見つめてくる。
突然の行動に私は、動揺し思わず目を逸らす。
(何よ、いきなり!? グランツって、ほんと分からない……)
私は視線をグランツに戻し、彼の手に視線を落とした。
グランツは環状が表情にでないタイプで、それ故に彼の行動パターンが分からない。こうやって、突然手を握ってきたり、言動も全て意図がつかめない。
でも、確かなのは彼にもちゃんと感情があるということで……
「貴方は俺に機会を下さいました。俺の力を示す機会を」
「う、うん」
「この決闘、必ず勝ってみせます。エトワール様がくれたこの機会を無駄にはしません、絶対に」
そう言うと、グランツは私から手を離す。
「……っ」
その瞬間、何故か寂しいと思った。
私は咄嵯に手を伸ばしそうになったけど、すぐに引っ込めて拳を作る。
(な、何考えてるのよ!)
グランツはただ単に、与えられた機会を無駄にしないって言う意味で誓ってくれだけなのに!
私はブンブンと頭を横に振る。何か、勘違いしている自分が少し腹立たしくなった。
「……でも、ほんとグランツってよく分からない」
「俺も、よく分からないです」
「みぃ!?」
急に真顔で言われてしまい、私は変な声が出てしまった。それにしても、相変わらず無表情だなぁと思う。
――――じゃなくて!
「え、待って……声に出て、た……ました!?」
「はい、ばっちりと」
(恥ずかしさで死ねる――――ッ!)
私は羞恥心で、顔を真っ赤にさせながら頭を抱えてしゃがみこんだ。
だって、独り言を聞かれてたとかもう死ぬしかないじゃん!?
しかも、本人の前で!
「エトワール様」
「穴があったらはいりたい、無理無理ッ!」
私は地面に穴を掘ろうと腕を振り上げる。しかし、グランツに止められてしまう。
そして、グランツが私の腕を掴んだまま、じっと見下ろしてきた。
私はその視線に耐えきれず俯く。きっと、呆れているんだろう。
「だって、ほんとだもん。グランツの事ちっともわかんないんだもん。何考えてるのかさっぱり……!」
私は、ヤケになってグランツに叫んだ。
しかし、グランツは依然としてあの無表情な顔で私を見つめ、空虚な翡翠の瞳には何もうつしていなかった。
「それは、俺も同じです」
「何が!?」
私は、思わず突っ込んでしまう。すると、グランツは静かに答えてくれた。
いつものように淡々とした口調で。
でも、どこか優しげな雰囲気を纏いながら。
「俺も、エトワール様の事がよく分かりません。だから――――」
「……っ」
そこまで言うとグランツは、何事もなかったかのように私に背を向けて歩き出した。
「さあ、行きましょう。遅れるとまた何か言われますから」
「え、あ……うん」
私は戸惑いながらもグランツの後を追う。
今のは何だったのか? 言葉が聞き取れず彼にもう一度聞き返すが、勿論グランツが何か返してくれるわけもなくその後無言で彼は進んでいく。
(何よ、私ばっかり悩んで馬鹿みたいじゃない)
そう思うと、少し苛立ちとモヤモヤが残り、私はそれを振り払うようにして足早で後を追った。