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「そうなんですね!今からランチメニューをご用意しますので。日替わりのメニューで良いですか?」
「はい。よろしくお願いします」
藤田さんがいなくなり、二人だけの空間に。
何を話せば良いのか、わからない。
無言を続けていると
「美月、緊張してんの?」
彼が小声で話しかけてきた。
あっ、口調、元に戻ってる。
「緊張は今は大丈夫。ランチの話、聞いてないよ。お弁当、持って来ちゃった」
昨日は昼食は持参しても良いという話だったし。
「そっか。でも、実際に食べた方がイメージ涌くだろ?弁当は、俺が食べるよ。持ち帰るのも変だろ?夕食は別であるんだろうし」
えっ?加賀宮さんがお弁当を?
お弁当のおかず、美和さんが昨日作ってくれたものだ。
もしそれで<この間のおつまみより美味しい>とか言われたら、正直ショックを受けると思う。
でも、美和さんの作ったモノの方が美味しいだろうし……。
「お店《ここ》でお弁当食べていいの?」
「本当はダメ。だけど、遠くからだったら見えないし。スタッフ控室で食べても良いんだけど、それだと他のスタッフが気を遣うから。藤田さんに配慮してもらうように言ってくる」
彼は席を立ち、藤田さんに話しかけている。
お客さんも少ないし、今なら席を離してもらえれば大丈夫そうだ。
死角になるような席だし。
それにしても……。
二人が話しているところを見ていると、なんか、藤田さんの表情が違うような。言い方が悪いかもしれないけど、社長に媚びるのは当たり前。
だけど、なんか……。
加賀宮さんを見る眼が違うというか……。
今だって、そっと彼の腕に触れた。ボディタッチ?
いや、私の考えすぎか。
加賀宮さんが戻って来たため、私もスタッフ控室に置いてあったお弁当を取りに行った。
休憩しているスタッフさんも居るし、確かにここで社長がご飯とか食べてたら、休憩どころか気を遣って疲れちゃうよね。
私が席に戻ると、ランチメニューがすでにテーブルの上にあった。
今日の日替わりランチメニューは『大葉とたらこのパスタ』
スープとサラダが付いている。
ランチのみ、プラス二百円でドリンクも選べるようだった。
「美味しそう!」
大葉の香りが食欲をそそる。
「食べてみて?」
彼の言葉を聞き
「いただきます」
一口、口の中に運ぶ。
「んっ!美味しい」
《《普通に》》美味しかった。
加賀宮さんはランチボックスを開け、美和さんが作ってくれたおかずを口の中に運んだ。
ちょっとドキドキする。
彼を騙しているわけではないが
「美月、この前より料理が上手になった?」
なんて言われたらどうしよう。
彼の様子を伺う。
一口、さらに一口食べ。無言。
卵焼きを食べ終わった後に、一回箸を置いた。
「これ、美月が作った弁当?」
「えっ……。どうして?」
うーんと彼は唸り
「なんか違う……。俺の好きな味じゃない。卵焼きも全然違う」
箸は止まったままだ。
「それ、家政婦さんが作ってくれたお弁当なの」
私がそう伝えると
「なんだ。美月の作った弁当、食べれると思ったのに」
彼の目線が鋭くなった。
「私の料理なんて、《《あの時》》食べただけでしょ?どうして違う人が作ったってわかったの?」
毎日食べているのなら、違いがわかるかもしれないけど。
「このおかずは味が濃い。なんか雑。下処理とかしてない」
なんか雑って、どういうことだろう。
彩りだって綺麗だし、私もほぼ毎日美和さんのご飯食べているけど、不味いと感じたことはなかった。
「俺、残すの嫌いだから食べるけど」
その後、彼の箸は止まらなかった。
「今度、美月が作った弁当食べたい。作ってきて?」
「へっ?」
なにそれ。
美味しいお弁当くらい、加賀宮さんならすぐ買える。
「俺が弁当食べたいって言うのは本音だけど。テイクアウトのプレートも考えてるんだ」
なんだ、そういう理由か。
「わかった。今度考えて、作ってくる」
<加賀宮さんに協力する>そう言った事情なら、孝介だって何も言えないだろう。
「食材にかかる費用は、俺が出すから」
「うん。ありがとう」
ちゃんとそこまで考えてくれてるんだ。
「それで、美月はこのパスタ食べて、どう思った?」
「えっと……。普通に美味しいなって」
「具体的に?」
そうだ、これはビジネス。
建前じゃなく、ちゃんとした感想を言わなきゃ。
「美味しいんだけど、《《特別》》美味しいって感じじゃない。チェーン店とか自分でも作れるかなって思うような味。パスタの量も男性だったら足りないかも。スープも具が少なくて、サラダの野菜ももっと欲しいかな。これで千二百円は高いかも。お得感があまりないし……。ごめんなさい、失礼なこと言って」
彼のカフェだもん。そんなこと言われたら、気分が悪くなるよね。
「いや。素直な感想、ありがとう。確かに《《普通》》に美味しいんだ。だけど、どこが?って言われると難しいところがあって。俺も同じ。恥ずかしい話、そこまで俺が考えている余裕が今ない。だから、美月にも協力してほしい。スタッフはオープン当初から在籍しているスタッフも多い。だから普通に美味しいで満足しているやつもいるから。初めて食べた美月の感想はとても役立つと思う」
真面目な加賀宮さん。
社長なだけあって説得力がある。
「なんか……。社長っぽいね。あ、本物の社長だけど。嘘っぽい社長の加賀宮さんしか見たことなかったから、かっこ良いって思った」
「嘘っぽい社長って酷い話だな。ま、かっこ良いって思ってくれたのは嬉しいよ」
彼がフッと笑った。
それを見て私もフフっと笑ってしまう。
彼は働きたいという願いを叶えてくれた。
私も精一杯応えなくちゃ。
…・…・―――…・・…・――――
「お疲れ様です。なにその眼つき。怖いけど……。何かあったの?」
遅番で出勤してきた平野が藤田に話しかけた。
「あの女、加賀宮社長に距離が近すぎなのよ。しかもあんなにニタニタしちゃって。気持ち悪い。旦那が一流企業だからって、調子に乗るんじゃないわよ。うちの会社と提携するから、雇ってるみたいなもんでしょ?」
キッチン奥で二人の様子を見ている藤田《彼女》は、誰から見ても不愉快極まりない様子だった。