テラーノベル
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第十話 シャバの空気は甘かった
「どうしましょう、怖いです」
久々に政府の敷地から出たは良いものの、赴く先が赴く先なので気が休まらない。
「自分も未だに恐ろしいので大丈夫です。」
私と神坂さんは政府の黒塗りセン○ュリーを遣わして、先日の危険ランク暴走事件に巻き込まれて死亡した遺族の元へ走っている。車内のホワイトムスクとレザーの香りが吐きそうなほどに甘ったるい。
「殴られたら痛いですかね」
私は気を紛らわす為に窓の外を見つめながらずっと喋っている。情けないのは痛いほど分かっている。
「多分殴られ慣れてる自分達ならさほど痛くは無いと思いますが、心に後遺症が残りますよ」
同じく窓の外をぼやぼや見ながら、私の言葉にずっと応えてくれている神坂さんの優しさが心に沁みる。
「着きました。ご武運を」
運転をしてくれた精鋭部隊員に感謝を告げて、いざ一件目の家へ。
────落ち着きのない手でインターホンを押す。
「政府の者です。████さんの件について謝罪に参りました。」
すると騒がしい足音が近付いてくる。
「……はい」
ドアが開けられ、中年女性が神妙な目つきでこちらを見据える。
私はその目をじっと見ながら軍帽を外し、誠心誠意を込めて頭を下げる。
「此度は我々の実力不足により御宅のご子息さまを救えず、誠に申し訳───」
「出て行って関わらないでとっとと去って」
────あ。
扉が勢い良く閉まり、少し遅れて風が前髪を撫でるように吹いた。
「……二件目行きましょう。」
神坂さんがこの展開が読めていたように溜め息をついて踵を返す。
「了解です」
彼の妙に慣れている感じがまた心を抉らせる。私も神坂さんのあとに続いて、一件目の家に背を向けて歩き出す。
前に控えていた政府車に再び乗り込む。
リアドアを開けた瞬間、またあのホワイトムスクが強く香ってくる。
そのまま乗り込んだは良いが酔いそうだ。というか酔ってる。
「……」
神坂さんは全然酔っていないように見えるが、自分がすごく気持ちが悪いので少し問うてみる。
「……酔ってませんか」
「酔ってます」
窓の外を見たまま、片言気味に答えてきた。
彼の顔は窓に向けられているので見えないけれど、その表情は容易く想像できる。
「つ、着きました。……どうか、何があっても気を落とさぬよう」
そんなぎすぎすとしてて重苦しい、低気圧みたいな空気を察したのか、先程の運転手がそう言葉を掛けてくれる。
「…………はい」
なんとも、言えなかった。
────落ち着きのない手で、インターホンを押す。
一件目の家とは違い、どたばたといった足音はしないが、玄関扉越しに人の気配が近付いてくるのが分かる。扉が開くと、出てきたのは強面の初老男性だった。
「政府の奴か」
こちらが口を開く前に、その男性が先に声を出した。
「はい。先日の危険ランク暴走事件にて命を落とされた御宅のご子女さまについて謝罪に参りました。」
二回目にして既に言い慣れたこの言葉を機械的に吐き出す。
「そうか」
その短い一言を聞き取った瞬間、視界の端から何かが私の右頬を強く殴りつける。
「国民一人すら守れない無能共に謝りに来られる義理は無ぇ」
──痛い。 痛い、痛い。
扉が鋭い音を立てて閉じられる。
ああも正論を投げつけられては反論も言い訳も出来ない。
殴られる事は慣れている。支離滅裂で滅茶苦茶な酷言葉にも慣れている。が、正論にはどうだろう。
扉を見つめながら、未だあつい頬を輪郭に沿って指でなぞる。
これは頬が痛いのだろうか。それとも、別のどこかが痛いのだろうか。
わからない。
「和泉さんと神坂さんって、毎回こんなのやってたんですか」
また車内に戻り、政府へ帰る道。
私は右の窓を。彼は左の窓を眺めている。
甘い香りのホワイトムスク。
全く同じポジション、シチュエーション。
私は神坂さんに語りかけた。
「隊長と自分、というよりかは隊長が、の方が正しいですけどね。自分はいつも隊長や貴方の一歩後ろに控えてばかりですから。庇えなくて、本当に情けないです。ごめんなさい」
窓の外を見たまま。薄らに反射する彼の顔は虚無そのものだった。
彼の性格からして、かなり気を落としているのだろう。
副隊長という役職に就いたことはないが、今まで4年間見ていて偉いわけでもなく偉くないわけでもないかつ微妙な立場なのはかなり分かってきた。
同じ副隊長という役職に就いているローウェン・ラヴルノアはもはやキースと同等の立場であるかのような振る舞いをしているので、神坂さんは余計板挟みに感じているのだろう。
この代理役が終わってからも彼の事は気に掛けたい。
ところで、さっきから、私は、ちょっと、酔って、いる、よう、で。
「すみません、完全に酔いました。近くのコンビニ寄ってください、吐いてきます。」
流石に車内でリバースするワケにはいかないので、なんとか吐き気を抑えながら運転手に声を掛ける。
「うっっそ!?ああ、コンビニ自体はすぐそこにありますけど、格好が格好なのでスーツに着替えてもらわなきゃ楓さんの首が飛ぶ可能性あって……行けますか?」
軍部の、それも隊長の制服を着て外に出て行くなど自殺行為。
顔はなるべく割れないようにという上の方針なのだ。
「い゙げま゙ず」
それでも今リバースしなければ結構まずいので超特急で着替えてから早く行けば良い。
「着替えこれです」
神坂さんが素早くどこかから取り出した着替えを渡してくる。
「ありがとございます……」
ダメだ喋ると余計気持ち悪い。
今までで一番早いスピードで着替え終わり、コンビニに駐車した車のドアを思いきり開けて外に出る。
店の中に入っては一目散にトイレへ向かった。
「うぉrrrrrrrrrr」
───無事にこの便座まで辿り着けたことを今は誇りたい。ひとまずは社会的に死なずに済んだ。
いくら吐いても透明な胃液しか出ないが、とにかく気持ち悪い。
朝から何も口にしていないのに。
いや、それが原因だということもあるのかもしれないが知ったこっちゃない。
そしておそらく一番の原因、度重なるストレスのオンパレード。
この連載が始まってから私は九割地獄みたいな目に遭っている。
なんていうか、一旦すべて消えてなくなってほしい。
人類は一度滅びておいた方が地球の為になると思う。
恨み辛みを胃液と共に(物理的に)吐き出す。
そうして数分くらいが経った頃だろうか、トイレのドアをノックされる。
「大丈夫ですか」
ドア越しの声は神坂さんのようだった。
「やばいです」
たったそれだけでも喋ると、胃液で傷んだ喉のせいで噎せてしまう。
「…水買ってきましょうか」
そんな私の様子をドア越しに聞いてか、そう問うてくる。
「おねがいします」
呟くように返答をすれば、ドア前からの気配が遠のく。
彼の耳が良くて助かった。
あれから一分も経たずして、再度ドアがノックされる。
「───水、買ってきました。中から鍵開けられますか?」
私は一旦便器から離れ、洗面台で軽く口周りを洗って、壁に付けられているペーパータオルで拭いてから鍵を開けた。
そうするといつの間にかスーツに着替えていた神坂さんがドアを開けて「どうぞ」と水を手渡してくる。
「ありがとうございます……」
その水を受け取ると、何を思ったか私は一気に3分の1ほど飲む。
「楓さん!?そんなイッキしたら……!!」
普段ならこんな馬鹿な事はしないのに。今の私は思考力が低下しているようだ。
吐いた直後は胃がほとんど何も受け付けない状態なので、水でも何でも何かしらを一気に入れると胃が刺激されてまた吐く場合があるのである。
「あ゙ーーーーすみませんちょっとまた吐いてきます」
そう言ってまた便器に逆戻り。背を向けているとはいえ神坂さんの前でリバースしてしまった。
「まだ吐けそうですか?救急車とか…」
何故この人はこんなにも心配してくれるのか甚だ疑問かつありがたいのだが、公共医療機関の使用はまずい。
「幹部って医療機関使ったらめっちゃ怒られるんですよね、アハハ。……先に戻っておいてください。あと数分したら多分大丈夫ですので」
「そ、うですか……無理しないでください」
彼は少しばかり納得のいかないような声色を残し、扉を閉めてまた気配が遠のいて行った。
「ゔぇ」
この車酔いはいつ治まるのだろうか。
「―――ただいま戻りましたぁ。遅くなって誠に申し訳ございません。」
あれから何十分か。ちびちび水を飲みながら数分に一回のペースで吐き続けていればいつの間にか楽になっていた。
車内の芳香剤の香りは相変わらずだが、結構克服出来ている。嗅覚麻痺だとは敢えて言わない。
「おかえりなさい。体調はもう大丈夫ですか?」
運転手が聞いてくる。
「はい、胃の中空にしてきたのでめっちゃ楽です。お騒がせしました」
「それは良かった。ではまた運転再開しますね。」
そう言って彼はハンドルを回す。
精鋭部隊に代理で来てから、幹部で過ごす日々よりすごくすごく人間扱いしてもらっている気がする。
平和かつ性格の悪い権力者が居ないのは良い事だ。親衛部隊を除いて。
あの人達が精鋭部隊に水を差して来なければもうそれは天国と言って良いだろう。…………水……?
水、水、水─────
────水だ。
「神坂さん、この水の領収書ありますか」
無意識に握っていたペットボトルを少し持ち上げ、食い気味に横の神坂さんに聞く。
「無いです。レシートも。値段も忘れました」
すると彼は有無を言わさぬ笑顔で、きっぱりと言い付ける。
「なのでそれは自分からの奢りです。水程度で貴方のその頬の対価は支払えませんけど、これくらいはさせてください」
「え゙、いや、そんな訳には行かな───」
「己の面子を立たせたい部下のワガママだと思って」
私の言葉を遮りながら、淡々としてやんわりと『お前は黙って奢られていろ』なんて遠回しに言われているようだ。
「えぇ……」
私が思わず声を漏らすと、彼はただ満足げに微笑んでいた。
「着きました」
三度目。今度はもう政府の敷地に停まっていた。
運転手に再度感謝の言葉を投げかけて、神坂さんと一緒に軍部棟へ帰って行く。
───長くて、短くて、災難だった行脚はもうおしまい。
あと一週間と四日間。
少しばかりの非日常、一周回って楽しもう。
コメント
1件
美月ゆめかだよ〜🌸 第10話読んだ! もうね、重い…重すぎるよ…😭 遺族に謝罪に行くシーン、正論で殴られるのが胸に刺さった。神坂さんの「奢り」って水、あれめっちゃエモい…! 無理に明るく振る舞う楓さんと、それを支える神坂さんの距離感が良すぎる。車酔いで吐くシーンも含めて、リアルな人間の弱さが描かれてて、続きが気になる…! あと一週間と四日間、どうなるんだろ?✨
#ミステリー
月神零華@生きてます
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