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それからは目が回るほどバタバタと、ディオナの周辺に変化が訪れた。
『リスター王太子との婚約がきまりました』
王城で執り行われた初顔合わせ。
ひとつ年上のリスターは、「よろしくお願いいたします」とカーテシーをするディオナを一瞥して、フンッと鼻を鳴らしただけだった。
『あなたには聖女として神殿で暮らしていただきます』
スピアーズ伯爵家を離れて聖樹の近くにある神殿で暮らすようになった。
初めて訪れた神殿で洗礼を受けた日以来、ディオナは「スピアーズ伯爵令嬢」ではなく「聖女様」と呼ばれている。
それは実の両親と妹も同じだ。
彼女を「ディオナ」と呼ぶのを許されるのは国王と王妃、そして婚約者のリスターだけとなった。
血縁者はおろか同年代の友人すらいない環境に突如放り込まれたディオナの、立派な聖女になるための試練がスタートした。
後からわかったことだが、選定の時、最初に近づいてきた神官は神官長だった。
「聖樹がキラキラ光って見えるのは聖女だけです。そして、葉が落ちた先にいる女性が聖女となります」
聖樹自身が聖女を選ぶのだと言い伝えられているのも、後から聞いて知ったことだ。
大地にどっしりと根を張る荘厳な聖樹は、クラリエ王国の建国史の通りなら樹齢3000年。
聖樹の持つ瑞々しい生命力は、多産と繁栄の象徴だ。
聖女が祈りを捧げることで聖樹はさらに神聖性を増し、国土に豊穣をもたらすとされている。
「祈りを捧げるには、まず聖樹と対話できるようになることが大事よ」
そう教えてくれたのは王妃だ。
「聖樹が人間の言葉を喋るわけではないの。心でそれを感じ取るのよ」
ディオナの聖女としての修行は、まず対話訓練から始まった。
王妃も今は亡き先代王妃から直々に教わったという。
「さあ、ディオナ。あなたの手を聖樹様の幹に当ててちょうだい」
プラチナブロンドの髪をさらりと揺らしながら、王妃が柔和な笑みで促す。
ディオナは言われるがまま、ゴツゴツした樹皮に覆われた幹へそっと手のひらをつけた。
じんわりとした温かさは伝わってくるものの、それ以上の特別ななにかを感じ取れないことに、ディアナの焦りが募る。
「あの……なにも感じられません……」
言葉が尻すぼみになる。
(わたしは本当に聖女なの? なんで選ばれたの?)
12歳のディオナには大きな重圧だった。
「最初からうまくできるものではないわ。集中して耳を澄ましてごらんなさい」
優しく手ほどきしてくれる王妃のアドバイスに小さく頷いて、ディオナはぎゅっと目を閉じた。
聞こえてくるのは、風に揺れる葉のざわめきと鳥のさえずりだけ。聖樹自身からはなにも聞こえない。
しかし王妃が聖樹に語りかけると、耳からではなく手を通じて大きな幹の奥深くからなにかが伝わってくる感覚があった。
「聖樹様、ごきげんよう。今日はあなたのお気に入りのディオナを連れてきたわ。よろしくね」
王妃はまるで親しい旧友に話しかけるような口調で、クスクス笑いながら聖樹に語りかけている。
「あら、嬉しそうね。でもわたくしも、まだまだ現役で頑張るわよ」
王妃と聖樹の対話はしばらく続いた。
最近の天候のとこや、麦が豊作であることのお礼、リスターのちょっとした失敗談――ディオナはその楽しげな声を、じっと目を閉じたまま聞いている。
「では、また明日。ごきげんよう」
対話が終わったようだ。
ディオナが瞼を開けて見上げると、聖樹の輝きが増していた。
最後に王妃とディオナは並んで聖樹に跪き、両手の指を組んで祈りを捧げた。
「どうだったかしら。なにか感じ取れるものはあった?」
神殿へ歩いて戻る途中で王妃が尋ねる。
ディオナは先程感じたことをうまく言葉で表現できるだろうかとためらいながらも、たどたどしく説明した。
「鼻息のような……?」
「鼻息!?」
予期せぬ返答に王妃がキョトンとしている。
自分の語彙力のなさに恥ずかしさがこみあげ、顔が熱くなるのを感じながらディオナは説明を続ける。
「王妃様が笑うと聖樹様も『ふふっ』って鼻息をもらすような、そんな気がしました」
すると今度は、パアッと顔を輝かせた王妃が手をポンと合わせた。
「そう! それよ。深い息遣いを感じ取ったのね?」
王妃が白い腕を広げ、ディオナを優しく抱きしめた。
「初回でそこまで感じることができたならすごいわ。ディオナ、あなたはきっと立派な聖女になれますよ」
王妃様のように素敵な聖女になろう――ディオナは王妃の肩越しに聖樹を見上げ、そう誓った。