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テラーノベルの小説コンテスト 第4回テノコン 2025年1月10日〜3月31日まで
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「部屋に戻る前、もう一回、おばあさんの様子、確認しに行きませんか?」

と壱花は言った。


車が並ぶ場所の片隅で、老婆はまだバシャバシャやっていた。


「よし、水も汲めてないようだし。

船が着くまで大丈夫そうだな」


そう言いながらも倫太郎は、ちょっと複雑そうな顔をする。


ほんとうにこのままでいいんだろうか?

と思っているようだった。


このままここでこの老婆は水をバシャバシャやりつづけるのか。


船員が気づいて、バケツを片付けてしまったらどうなるのか。


また、老婆的にこれでいいのか、迷っているようだった。


壱花は老婆の側にしゃがんだ。


まるでこちらを気にしていない老婆の横で、レストランからもらってきた紙ナプキンで舟を折る。


バケツの中にそれを浮かべてやると、老婆はそれに水をかけはじめた。


穴あきお玉とはいえ、バシャバシャやるだけで、バケツの中に水は散る。


あっという間に紙ナプキンの舟は沈んでいった。


老婆はこちらを見上げ、にっこり微笑んだ。


……が、


またバシャバシャやりはじめる。


「……一瞬、気がすんだのかと思ったのにな」


倫太郎が上から覗き込んで言う。


「なんか、この人、単に水遊びしたい人に見えてきましたよ……」


「長年やってることだから、やめられないのかもな。

そもそも昔の舟ならともかく、今の舟、ひしゃくでばしゃばしゃやった程度じゃ沈まないよな。


もともと中に大量に水あるんだし、風呂とかプールとか」

ともうどうでもよさそうに言う倫太郎とともに、上のフロアに上がった。


「朝食、船で食べるのなら、一時間くらいかな、寝られるの」


「では、一時間後に」

と言い合い、別れようとして、ん? と倫太郎が壱花を振り返る。


「お前、何処行くんだ?」

と倫太郎が訊いてくる。


「え? 私の部屋ですよ?」


ああそうか。

そうか……と倫太郎は呟き、スイートルームに行こうとして、


「変わってやろうか?」

と壱花を振り返る。


いえいえ、結構です、と壱花は自分の部屋に引き上げた。




ケセランパサランがふわふわしているその部屋は、ほんとにホテルの一室のようで、船の中とは思えなかった。


いやあ、いい部屋だ。


全然使わなくて、もったいなかったな、と思いながら、ベッドに横になり、違和感を覚える。


あれ? なんか広いな、シングルなのに。


あっ、そうか。


社長も冨樫さんもいないから。


……当たり前なんだが、ちょっと寂しいな、と思いながら、横を見る。


誰もいないが、ケセランパサランがシーツの上にふわりと舞い降りた。


「おやすみ」

と微笑み、壱花は目を閉じた。




夢の中。

暗い夜の海から、月光に照らし出された美しい女神様が現れた。


「壱花よ。

私の呪いを解いてくれてありがとう。


ところで、お前が落としたのは、この金の柄杓か? 銀の柄杓か?」

と両手に見たこともない柄杓を持った女神様に問われる。


「いいえ、私が落としたのは、穴あきお玉です」

と壱花が答えると、女神様は微笑み、


「お前は正直者ですね。

お前たちに良いものを与えましょう」

と言う。


女神様は柄杓を持ったまま沈んで行き、海岸には穴あきお玉が残された。


そのお玉を手に壱花は思う。


あのカラフルチョコつきメガネで、おばあさんを見てみればよかったな、と。


美しい女神様の姿をしていたかも、と壱花は微笑む。




スマホの目覚ましで目を覚ました壱花の枕元には、あのでっかい真珠のようなハッカ飴が転がっていた。


もしや、これがいいものか……。


いや、これ、私が握ってたやつだよな、と思いながら、あまり荷物のないスーツケースにケセランパサランたちに入ってもらい、外に出た。




早めに朝食をとった壱花たちは、デッキで風に吹かれてみた。


朝日が反射した海は美しく、

「もうちょっと早く起きて、日の出を見てもよかったな」

と倫太郎が言う。


「いや~、いい旅でしたね。

なんだかんだで」


そう壱花が笑うと、


「そうだな、なんだかんだで。

招待してくれた社長にいい船旅だったと伝えておくよ」

と倫太郎が言った。


冨樫はなにも言わなかったが、気持ちよさそうに海を眺めていた。




降りちゃうの、ちょっと寂しいな、とまだ老婆がいるかもしれない方を振り返りながら、壱花は並んで船を降りていた。


前に向き直った壱花は、

「あれ?」

と声を上げる。


先に降りていく人たちの中に高尾の姿を見た気がしたのだ。


「高尾さん、また船に乗ったんですかね?」


「何処だ?」

と倫太郎が後ろから訊いてきたときにはもう、見えなくなっていた。


「高尾がいたのか?

見間違いだろう。


もう夜は明けてるし。

あやかしどもは帰って寝てるだろうよ」


ウロウロしてたら、灰になるじゃないか、と言う倫太郎に、いや高尾さん、吸血鬼じゃないんで。


高尾さんの正体、可愛い子狐でしたよ、と思いながら、壱花は言った。


「キヨ花さんとか、昼間新幹線で会ったりするじゃないですか」


それにしても、今のはなんだったんだろう。


確かに高尾さんを見た気がするのに、と思った壱花は、冨樫を見る。


冨樫もあの人影を見たようだった。


高尾に似た『誰か』の姿を――。


「お前は正直者ですね。

お前たちに良いものを与えましょう」

と言った女神の言葉を思い出す。


「あのおばあさんは、ほんとうに女神様だったのかもしれませんね。

海難事故にあった人々の怨念に呪われて、あやかしとなってしまった」


は? いきなりなに言ってんだ? という顔で倫太郎が見たとき。


陸地に降りても、いつまでもその人影を追うような顔をしていた冨樫が、はっとしたように船を振り返る。


「ご、御船印~っ!」


「あ、そういえば忘れてましたね……」




結局、御船印は無事に港でもらえた。


夜、あやかし駄菓子屋で冨樫は言う。


「確かに、高尾さんによく似た顔の人を見たんですが。


でも、うちの親が消えたの、山ですし。

生きていたら、もうちょっと老けてる気がするので。


やっぱり、あれは見間違いだと思うんですよ」


高尾にそっくりな顔の男。


あれは行方不明のままの冨樫の父ではないかと思ったのだが――。


「でもまあ……よかったです」

と冨樫は言った。


偽物でも、父かもしれない人を見られてよかったと冨樫は言う。


珍しくやわらかい表情で語る冨樫にホッとしながら、壱花はフェリーで買ってきたフェリーまんじゅうの箱を開ける。


頭の上では、オウムが鳴きながら飛んでいた。


「リン……リンッ」


「なんだ?

鈴の音の真似か?」

と斑目が見上げる。


斑目は、今日は何故か『本日の司会』のタスキをかけている。


どうやら、タスキが気に入ったらしい。


『宴会部長』のタスキをかけた高尾が、倫太郎に後ろからそっと『一日店長』のタスキをかけようとして、察した倫太郎に払われていた。


「誰が一日店長だっ」


「じゃあ、これは?」


高尾は笑顔で『私が社長です』というタスキを倫太郎に見せる。


「そのまんまんだろっ。

逆に莫迦かと思われるっ」

とまた払われていた。


騒がしい声を聞きながら、壱花は立ち上がり、入り口のライオンや安倍晴明たちにもまんじゅうを配った。


「私は安倍晴明である」


近くに来た壱花に反応して、晴明がしゃべる。


「リン……

リン……」

と頭の上でオウムがまた鳴いていた。


「壱花は、一日……なんだろうな。

あとあるのは一日警察署長と」


「警察署長は冨樫っぽいな」

と斑目と倫太郎が話している。


「あったぞ。

壱花はこれだろ。

『日本一の雑用係』」


倫太郎が隅にたくさんあるタスキの中からロクでもないものを見つけてくる。


「それいいな。

俺の雑用係になってくれ、壱花っ」

と斑目がまるで求婚するように壱花にタスキを捧げ、みんなが笑う。


いや、何故、雑用係……と思う壱花の頭の上をオウムが飛んだ。


「リン……


リン……


リン、ピョウ、トウ、シャ


カイ、ジン、レツ、ザイ、ゼンッ!」


何処で覚えたっ!?

と全員がオウムを見上げる。


「私は安倍晴明である」


新しく入ってきた客に反応し、重々しく晴明人形が言った。


安倍晴明人形の前のまんじゅうはいつの間にか消えていた。



あやかし駄菓子屋は今日も平和だ――。




「あやかしのあやかし」完





あやかし駄菓子屋商店街 化け化け壱花 ~ただいま社長と残業中です~

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