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もし、オーディションに参加していなかったら。
もし、声優となる道を選んでいたのなら。
“あいつ”に出会う事も無くて、
“仲間”と支え合って信じ合って過ごす幸せすら
何一つ知らずに生きていたんだろうか。
もしあの日に戻れたとしたら、
俺はもう一度同じ選択を出来るだろうか___
俺の朝は、目覚ましの音から始まる。
ジリジリジリジリジリジリ_
カタン。
未だにスマホのアラームではなくて、
目覚まし時計を使っていると知ったら、
リスナーは俺になんて言うのだろう。
「…んー…」
ズキッ。
「…頭痛ぇ…」
昨日はやる事やってすぐベッドに倒れ込んだのに、
まるで二日酔いのような痛みがする。
現在7時。
今日の会議は9時半から、オフィスでする予定だ。
オンラインではない為、
早く準備をしなければ間に合わない。
「…起きるか…」
治まる気配のない頭痛は無視して、
俺はベッドから立ち上がった。
「おはようございまーす…って、あれ。」
メンバーかスタッフさんか、なんにせよ誰かしらが
先に入っているだろうと思ったのだが、
どうやら読みが外れたらしい。
「…一番乗りかぁ…」
まぁ別に早く来る分に問題はないし、
頭痛を抑える為にも仮眠を取っておこう。
そう思い、いつもの席に座った瞬間…
「…おはようございまーす。」
朝だからか普段より更に声の低い男が入ってきた。
「…って、LANだけかよ。」
「おはよ、いるま。…なんで不服そうな顔すんの。」
「いや、ちゃんと挨拶しなくて良かったなって。」
「おい、俺にもちゃんと挨拶しろよ。」
「めんどくせぇから嫌。まだ眠いし。」
「それは俺も。ていうか今寝ようとしてたし。」
「じゃあ寝ろ。んで会議中に起きて絶望しろw」
「お前最低だな!これでもリーダーですから、
そんな人として駄目な事はしませんー!」
「はいはい。じゃ、好きなだけ寝てください。
おやすみー。」
「…ん。おやすみ。」
朝から失礼なこの男に、
何か言い返そうかとも思ったけれど、
頭痛に耐えきれずに俺は諦めて目を瞑った__
「………!」
…遠くから、声が聴こえる。
「……N!」
低くて、落ち着く優しい声。
どんな時も揺らぐ事のない、俺の好きな声_
「LAN!」
顔を上げると、すぐ目の前に声の主がいた。
俺が驚いた顔をすると呆れたような顔をして、
怒鳴った事を口先だけで詫びた。
「…大きな声出して悪かった…けど、
お前が何度呼んでも起きねぇのが悪いから。」
相変わらず、優しいんだか優しくないんだか。
「…ん…起こしてくれてありがと、いるま。」
「…お前」
礼を言った俺に対して何か言いかけたいるまだが、
こさめの声に遮られてしまった。
「おはよーLANくん!早く会議始めよ?
こさめお腹空いてきちゃった!」
「え、こさめ朝食べてきてないの?」
「朝までオンラインだと思っててさ、
慌てて来たからご飯食べる時間無かったの。」
「ありゃりゃ…。じゃあさっさと会議始めて、
さっさと終わらせよっか。」
「うん!」
周りを見渡すと、どうやら全員揃っているらしい。
「じゃあ会議始めるよー!」
「「「はーい!」」」
いるまが妙な顔をして俺を見ているのは無視して、
俺は今日の会議を始める事にした。
「…ここはあれをこうして、ここはこうで…」
「らんらん、俺がここしよっか。」
「あ、まじ?ありがと、流石すち〜!」
「じゃあこさめはいつも通り歌詞割りするね〜!」
「まぁ俺はサムネ作りで。」
「俺はどこの手伝いをしたら良い?」
「んー、みこちゃんはすちのやつ手伝ったげて!」
「おけ!」
「んで、いるまは…」
「俺は全員のサポートと編集、だろ。」
「…分かってんね〜。じゃあそれでよろ!」
「…ん。」
今日はやけにテンションが低いというか…
いるまが会議中に全く無駄な会話をしないのは、
ちょっとペースが崩れるから困るんだけどなぁ…。
「…じゃ、とりあえず今日の会議で決める事は、
今ので終わりだと思うけど…。
何か言っときたい事ある人いる?」
「大丈夫でーす」
「俺はないかな。」
「こさめも!」
「終わって良いんじゃない?らんらん。」
「おっけ〜、じゃあ今日の会議はこれで終わりね。
んじゃ、お疲れ〜!」
「「「お疲れ〜!」」」
「…これで一安心、かな。」
頭痛はまだちっとも治まっていないけれど、
会議が無事に終わって良かった。
そう思い、一息ついていると…
「…無理してたろ、お前。」
どうやら感の鋭いやつがメンバー内にいたらしい。
笑うとなかなか可愛らしい顔をするくせに、
怒るとそれはそれは恐ろしい顔をする男。
でもその怒りは全て優しさから来ているのだと、
今日まで一緒に活動してきた俺は知っている。
「…そんなことないよ?」
「…チッ。」
…そんなに分かりやすく舌打ちされると、
もう少し遊んでやりたくなるのだが…
「…お前今日はもう帰れ。」
「えー、俺まだ仕事残ってんだけど?w」
「…体調悪いのに無理されて、
最終的に困るのこっちだから。」
「…優しいなぁ。」
「あ?何か言いましたかぁ?」
「いえいえ、なんにもないですよーw」
適当に返事をして誤魔化すつもりだったのだが、
どうやら他のメンバーにも聞こえていたらしい。
「らんらん、体調悪いの?」
「え、LANくん大丈夫?」
「無理すんなよ?お前が体調崩したら、
俺の代わりに謝るやつがいなくなるだろ。」
「あー…ははっw」
とりあえず笑ってはみたけれど、
そんなことで誤魔化されるようなやつらではない。
仲間思いなやつばかりだから…
これは俺が勝てる可能性は0に等しいかな。
「…つー訳で、仲間に心配かけてる今のお前は、
リーダー失格だから。
はよ帰って、家で寝てろ。」
「えー…もうちょっとだけ…だめ?」
「駄目。」
…言語道断。あぁ恐ろしい。
逆らったら面倒な事になるのが目に見えているので
俺は仕方なく家に帰る事にした。
「…じゃあ帰りまーす。
全く、いるまは心配症なんだから〜。
んじゃみんな、またね〜!」
「ばいばーい。」
「お疲れ様〜。お大事にね〜。」
「ちゃんと寝てね〜!」
メンバーのあたたかい言葉に見送られながら、
俺は会議室の扉を閉めた。
ガチャ。パタン。
離れがたいけれど、仕方ない。
『…お前』
会議を始める前、何かを言いかけていたいるま。
会議中に口数が少なかったのが、
少しでも会議を長引かせない為だったら…?
…なーんて、考えたところで答えは分からないか。
「…ほんっと、優しすぎでしょ。」
頭痛の事はメンバーには悟られないように、
細心の注意を払っていた筈なのに。
「…俺のこと、見ててくれたのかな…なんて、
期待しちゃうじゃん。」
誰にも話した事のない、俺の秘密。
シクフォニのリーダーとして、
これは抱いてはいけない気持ちだと隠してきた。
でも今日みたいなことがある度に、
ほんの少しだけ期待してしまうのだ。
「…いるまも俺のこと…好きでいてくれたら、
それだけで俺は最高に幸せなのになぁ…。」
これは、俺だけの秘密であり、俺だけの物語だ。
俺はこの恋をきっと、いつか_
_いるまに、伝えてみせる。