◻︎雪平さんとマジワル?!
「宇宙の始まりって、ビッグバンと言いますよね?最初は小さな点だったものが大爆発してどんどん広がっていって宇宙になったと」
雪平さんが予約してくれたイタリアンのお店は、ワインの品揃えもよくお料理も美味しかった。
ほどよく酔いがまわったところで、私は思っていたことを話し始める。
「宇宙の始まり、ですか?美和子さんのお話は、いつもワクワクしますね。そうですね、詳しくはないですが、ビッグバンというのは聞いたことがあります。それがなにか?」
「うまく言えないんですけどね、男と女が夫婦になった最初がビッグバンじゃないかと思うんですよ。最初は確実にピッタリ2人が重なっていたと」
「ほぉ、それから?」
「結婚したその時点から2人での世界が広がるんですよ、それぞれがそれまで個人として抱えていた人間関係が、重なって別の形で広がって。さらに子供ができるとその親同士の関係も加わってさらに広がって…」
私の頭の中には、数学の時に勉強した図形があった。
コンパスで書いた丸Aと丸Bの一部分が重なってA且つB…AでもありBでもある、そんな意味だったような?
「ふーん、美和子さんの考えることって、楽しいですね。普通は言葉で表現しようとするところなのに、数学ですか」
「人間関係に関しては、数学の方が説明しやすい気がして。分度器っておぼえてますか?」
「あー、半円形の角度を図るやつですね」
「それです。あれも、始まりは真ん中の点が結婚だとします。始まりがピッタリ重なっていればどんどん伸ばして行っても重なってるけど。たった一度でもズレていたら、時間が経てば経つほど…真ん中からの線を伸ばせば伸ばすほど、2人の距離って離れていくんですよね、そして二度と重なることはない」
「たしかに。始まりが一度でもズレていれば、どんどん距離は広がっていきますね」
「そのことに早く気づけば、また近づくこともできると思うけど。だいぶ時間が経ってとんでもなく離れてしまっていたら、どちらからもすごく努力して近づこうとしないと無理ですね」
「でしょうね。よく、言葉ではボタンの掛け違いとか言うけど、ボタンならばすぐに掛け直せば戻りますからね。分度器の説明だと、なかなか戻れませんね」
「あと、三角定規は三角関係ですね、3人の力の均衡を説明できますし。真っ直ぐなスケールは人と人の距離ですね。一つのことでしか関わらない人間関係の。コンパスで自分を中心に丸を書くと、これはパーソナルスペースというやつ…かな?」
「なるほど、面白い。言葉という抽象的な説明よりもよっぽどわかりやすい。でも、何故そんなことを?」
「最近、知ってる夫婦の関係を見てて、そんなふうに思ったんですよ。あ、始まりの一度のズレに気づかず今日まできてしまったんだなと」
頭の中には、隣人夫婦のことがあった。
結婚した時にほんのちょっとのすれ違いがあったのかもしれない。
そのことを見ないふりで今まできたから、あんなことになってしまったんだろうな。
「美和子さん、そのことを小説に書いたらどうですか?恋愛感情や夫婦関係、友達や会社関係、そのどれもを数学のアイテムでたとえて物語にするとか…」
「小説に、ですか?できるかな?」
「なんていうか、そういう着眼点みたいなものをストーリーにすると、面白いかもしれませんよ」
「雪平さんに言われると、なんだか書けそうな気がしてきました」
一気に話して喉が渇いたので、グラスにあったロゼのワインをコクコクと飲み干した。
「うーん!美味しい!」
「おや?美和子さん、意外とお強いんですね」
「そう言われてみれば、二日酔いや記憶を無くしたなんてことはないですね」
「それはいい!遠慮なく飲ませられるし僕も飲めますから」
次は白にしましょうと、店員を呼んでいた。
「私と雪平さんだと、どんな例えになるのかなぁ?」
「まだ、わかりませんね。でも、これから重なったり交わったりすると思いますよ」
酔っていたのか、“重なったり交わったり”と言った雪平の言葉の意味を深く考えていなかった。
「交わる?X軸とY軸かな?それともベクトル?いやベクトルは方向だったかな?」
「やはり、面白いですね、美和子さんと話していると」
「そうですか?」
「退屈しませんよ、楽しいです」
「よかったです、雪平さんも楽しいと思ってくれるのなら。せっかくの2人での時間を、私だけが楽しんでいたら申し訳ない気がしていたので」
ふっと、雪平さんの顔が近づいて耳打ちされた。
「…で、どうですか?交わってみませんか?」
_____ん?マジワル??
「えーーーっ!あ、いや、ごめんなさい、騒いでしまって」
「クックックッ、いえ、いいですよ、ホントに楽しい人だ」
個室とはいえ、大きな声を出してしまって恥ずかしかった。
いや、違う、雪平さんからの思いもかけないその誘いの言葉に、恥ずかしさが爆発してしまったのだ。
「あ、あのですね…」
「はい、なんでしょうか?」
「私、オバサンですよ?」
「オジサンではないですね」
「脱いだらすごくてビックリしますよ?」
「脱いでもらわないとわからないですが」
「雪平さん…」
「はい?」
「言ってて恥ずかしくないですか?」
「恥ずかしいと思ってたら、こんなふうに誘えませんよ」
「誘ってるんですよね?やっぱり」
「はい、お誘いしてます」
「酔ってますか?」
「酔った勢いだなんて無責任なセリフは言いませんよ」
「じゃ、どうして?」
「おそらく…ですが…」
「はい」
「美和子さんのことが大好きになってしまったようです」
「ぶっ!!!なんで?」
「好きになるのに、理由がいりますか?」
「えっと…いらないです」
心臓のバクバクが、聞こえるんじゃないかと胸を押さえた。
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