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白山小梅
白山小梅
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思い切り酔ったはずなのに、ちくん、と容赦なく痛む心臓がくるしい。
「……思うはず、ないじゃん。それにあたし、自慢じゃないけど、ワンナイトとか無いから」
「彼氏をコロコロ変える女の発言とは思えないね」
「本当だ、ばか」
小雨みたいな音量を窓にぶつけた。窓に映り込む隣の人は、興味無さそうに頬杖をついている。
興味無いようにしておいて、人の手の甲を指でくるくるとなぞり、遊びものにしている余裕が腹立たしい。
「てことで、どっち」
解答を強請る声には、第三の選択を許さない強さがあった。
「あんたの部屋では寝たくないから、ホテルがいい」
「ひど」
酷いのはどっちだ。ずかずかと勝手に土足で踏み込んでくるくせに。
──あの日告白さえさせてくれなかったくせに。
適当に部屋を選んでもらって、適当にエレベーターに乗って、吸いこんだ息を吐くように部屋に入った。
ビジネスホテルって可能性も賭けたけれど、やはり、連れてこられたのはラブホテルだった。特に面白そうな仕掛けもなく、シンプルなのに高級感漂う部屋だ。
まさか、柊とラブホに来る日が来るなんてね〜。
昔のあたしが知ったら、ひっくり返るに違いない。
「タバコ吸っていい?」
「どうぞー。てか吸うんだ」
「まあ、普通に」
柊はというと、無気力な目をしながら、タバコに火をつけている。ベッドに腰掛けたまま見つめていれば「なに」と、柊の瞳がそれに気付く。
「多分、いま同じこと思ってる」
「ハードルあげたな?じゃあ、なんて思ってたか当ててみ」
「どうせ、”まさか柴崎とラブホに来るとは”、でしょ?」
「あながち間違いではない」
やっぱりね。
ふふんと得意げになる。そんなあたしに見向きもせず、柊は綺麗な指先で煙草を押しつぶすと、備品のウエットティッシュで指を拭った。
「ていうか、ほんとに眠い。あたし、まじ寝するかも」
「すればいいじゃん。修旅のときに柴崎のいびきは聞いてる」
「は?絶対うそ」
「いや、女子の部屋行こーって、誰かが言い出したわけよ。一人ガチ寝してんのよ。普通にイビキかいて。それ、柴崎な。あの日男子が押しかけてきたの知らねえだろ」
「まっって、それはさすがに嘘よね?」
「思い出したら普通に萎えてきた。やば」
「ちょっと!!初耳なんですけど!?ねえ!!」
「つか、俺的にシャワー浴びないで寝るとか無理なんで、シャワー浴びてくる」
「そんなマイルール知らないし。……て、柊?」
本気で浴室へ行ったらしい。いや、マイペース過ぎでしょ。
ふう、と脱力して背中を預けた。男女がまさぐりあうためのベッドは、アルコールが充満する身体を優しく受け止めた。
「何もしない、かあ……」
あたしの独言は、何人もの欲を受け止めたベッドが吸い込んだ。
ヴ、ヴ、と短い音が何度か聞こえるから、動かしたくない身体を持ち上げ、バッグの中からスマホを探し当てる。
《ほと、帰った!?》
《柊くんと一緒!?!?》
グループの方ではなく、個人のLINEに届いたのは芽依からの文字だった。
《ごめんね、お酒飲みすぎた。お金は明日渡すね》
ピッ!けいれい!のスタンプを添えて、スマホを投げ出して再びベッドに横になる。
合コンっていう異性間で下心を覗かせる場所で、好きだった人と三年ぶりに再会して。
気まずかったはずの空気はあっという間に時間が食べてしまった。
成り行きとはいえラブホにいるくせに、やはりあたしたちには甘ったるい雰囲気はない。
結局、あたしが一方的に柊への矢印を向けていただけで、今も昔も、柊の矢印はこちらに伸びていないってことだろう。
それが酷くもどかしいようで、とことん安心してしまう。