「なにかが起こるってなんだ?
なんてざっくりなんだ」
とクジを引いた部下の人ではなく、斑目が不満を述べる。
「いや~、いつもざっくりですよ、この店のもの」
と壱花は言って、
「さすがあやかし駄菓子屋だな」
と言われてしまった。
そんな感じにみんなで、わいわい過ごしたあと、斑目の部下は斑目とともに店を出た。
「では、失礼致します。
本日はどうもお気遣いいただきありがとうございました」
と頭を下げて言った部下のその言葉は本心だった。
なんだかんだであの店にいて、彼らの熱気に包まれているだけで、楽しかったからだ。
「そうか。
気をつけて帰れよ」
と斑目はタクシーで帰っていった。
部下は家が近くだったので、あまり灯りのない川沿いの道を歩いて帰る。
『中吉 なにかが起こる』か。
ちょっと楽しみだな、と思っていた。
駄菓子屋もクジもその結果も、子どもの頃のワクワク感を呼び覚ますものだった。
ふふふ、と思わず笑いをもらしたとき、柳のゆらめく川沿いの道を歩いていた部下の人の前に、誰かが立ち塞がった。
中肉中背の男だ。
もう暑い季節なのに、何故か黒い目出し帽をかぶっている。
男は、遠いビル街の明かりに煌めくナニカを手にしていた。
よく見れば、折りたたみナイフのようだ。
男は、震える声で言う。
「ふ、服を脱げっ」
ええっ?
僕、男なんですけどっ、と部下は怯えた。
「いいから脱いで、そこに置けっ」
部下はスーツを脱ぐと、そこに畳んでおこうとした。
「……た、畳んでくれなくていいぞっ」
「そ、そうですか」
というやりとりのあと、スーツを置くと、
「そこから離れろ」
と言われる。
えっ?
僕、下着なんですけどっ、と思ったが、ナイフが怖いので、言われるがまま、そろそろと自分のスーツを置いた場所から後ずさる。
すると、男はスーツをぱっと取って逃げていった。
身包み剥がされたっ!
中吉どころか。
凶っ!
と部下は暗い川の側、半泣きで思っていた。
壱花たちが、さて、後少しで飛ぶかな? と思いながら、店の中を片付けていたとき、あやかし駄菓子屋の戸がガラガラと開き、斑目の部下が戻ってきた。
「凶ですっ」
と叫ぶ。
えっ?
なにがですかっ?
と振り向いた壱花だったが。
鞄で身体を隠している部下の姿を見て呟いた。
「ああ……凶でしたね。
すみません……」
「おかしいですね~。
中吉だったのに」
と言いながら、壱花は男に法被を持ってきてやった。
他に羽織れそうなものがなかったからだ。
「待て。
そんなの着て帰ってたら。
通りすがりの人に、たこ焼き、三パックね、とかって言われるぞ」
と倫太郎が言う。
彼の頭の中のたこ焼き屋さんは法被を着ているようだった。
倫太郎は自分の上着を脱ぐと、
「これ着て帰れ」
と男にかけてやる。
男は倫太郎の温かみの残る上着をむき出しの肩にかけられ、
神……!
という目で倫太郎を見ていた。
「女だったら、惚れるところだね」
と高尾は笑っている。
「どうしましょう。
私も上しか脱げませんが」
と一応上着を脱いでみながら、冨樫が言ったとき、壱花が高尾を見て言った。
「高尾さん、そのドロン、と素敵な服を着られる術、この人にもかけられませんか?」
ショーウィンドウからそのまま服を投影しているという高尾に壱花が訊くと、
「いいけど。
人間に効くかな?
長持ちしないかもよ。
走って帰ってね」
と半裸の男を見ながら、高尾は言った。
「あ、ありがとうございます。
家、すぐそこなんでっ」
「一応、術が解けたときのために、服羽織っておいたらどうですか?」
腰にはこれを、と壱花は男にさっきの法被を渡す。
高尾が自分が着ているのと同じ服を男の上に映し出した。
「すごいですっ。
こんな服着たことないですっ。
いつも地味な色のスーツなんでっ」
と感激する男に、
「そう、よかった。
気をつけて帰ってね」
と高尾が微笑む。
「おい」
と倫太郎が男に向かい、商品券を差し出した。
「取引先の社長からもらった百貨店の商品券だ。
うちで中吉が出たのに、そんな目に遭って申し訳ないからやるよ。
これで新しい服を買え」
いえいえ、と男は断ったが、
「いや、俺は使わないから」
と倫太郎は男に多額の商品券を押し付ける。
「さあ、早く帰れ。
俺の部屋で、壱花と俺と冨樫とお前で目覚めるという、壱花のハーレムが出来上がってしまうから」
なにがハーレムですか……、と思いながら、壱花は男に言ってみた。
「すみませんが。
ハンカチかなにか貸していただけませんか?」
男は、えっ? はい、どうぞ、と鞄から出したハンカチを渡してくる。
なににするんだ? という目で倫太郎が見ていた。
男は何度も頭を下げながら、帰っていった。
飛び込んで来たときとは全然違うその顔には、『中吉どころか、大吉!』と書いてあった。
ただ、人の目には、素晴らしい上質な服を着ているように見ても。
実際は足に法被を巻き付けているので、ちょっと歩きにくそうではあったのだが……。
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