ひとしきり話し終えて、ふうっとひと息ついた後、桜那は宏章の目を見て再び語り出した。「でもね、今なら両親の事少しは分かるんだ。私も働くようになって、仕事の大変さはよく分かったから。お父さんも相当仕事でストレス抱えてたみたいだし……。お母さんも、お父さんだけじゃなくて、お祖母ちゃんにも色々言われてたみたいだしね……。それに、悪い事ばかりでもなかったよ。この仕事してなければ、宏章と出会えなかったから」
桜那はそう言うと、宏章へにっこりと笑いかけた。
「桜那に出会えたのは嬉しいけど、俺は正直複雑だよ……」
宏章は少し困ったように笑って、桜那と見つめ合った。二人の間に、静寂が流れる。まるで時が止まっているかの様だ。
宏章は照れと恥じらいから鼓動が強くなったが、何故か目を逸らす事が出来なかった。
「宏章、いつも眼鏡なんだっけ?」
桜那が沈黙を破り、唐突に問いかけた。
宏章はハッと我に返る。
「ああ、うん。夏場とかライブの時はたまにコンタクトにするんだけど。眼科行くの面倒だから、普段はずっと眼鏡だよ」
桜那はふーん……と呟き、「宏章、目見せてよ」と身を乗り出して、すっと宏章の眼鏡を取った。
目が合うと、桜那は驚きから硬直した。
……綺麗な瞳。
桜那は思わず息をするのを忘れてしまうくらい、その目に見入ってしまった。
切れ長の奥二重の瞼に、ダークブラウンの瞳。透明感あふれる澄んだ目をしているが、その眼差しは深く、深層心理までも暴かれてしまいそうだ。
桜那はその目に釘付けになった。
いつもの野暮ったい眼鏡や服装で気が付かなかったが、派手さこそなくとも、顔立ちも整っていた。
輪郭はすっきりとしていて、すっと通った鼻筋に、形の良い薄めの口唇。
仕事柄、いわゆる造形の良いイケメンと呼ばれる男性は沢山見てきたが、美しいと感じたのはこれが初めてだった。それと同時に、桜那は自然と心の底から激しい独占欲が湧き上がった。
「……桜那?」
宏章の声で、桜那は我に返った。
「そんなに見つめられると、照れるんだけど……」
宏章が言いかけると、桜那は宏章に口づけをした。
あまりに突然の出来事に、宏章は驚きから瞬きをするのを忘れて目を見開いていた。静かに口唇を離すと、「宏章……」と名前を呼んで、桜那は切なげな表情を浮かべた。
桜那は自分でも、もうどうしていいのか分からなかった。気付いたら体が勝手に動いていた。
思い返せば今までこんな感情になった事など一度もなかった。それこそ付き合った男は何人もいたが、そのどれも言い寄られるから何となく付き合っていただけで、だから自然消滅しようが、浮気されようが「こんなものだ」と思って何とも感じなかった。
リュウと付き合っていた時ですらそうだ。
ステイタスは感じても、それ以外は特に何にも感じる事などなく、心を揺さぶられる事もなかったのだ。
「……好き」
桜那は自然とその言葉を口にしていた。
宏章は相変わらず硬直したままだった。何が起こったのか分からず、この状況を上手く飲み込めていないようだった。
宏章があまりに無反応なので、桜那はみるみる不安になり思わず顔を背けた。自分でも、何て事をしてしまったんだろうと青ざめた。拒絶されてしまったのだと思ったら、急に悲しみが襲ってきて、胸が苦しくなった。
ぐっと握った拳で口元を押さえ、涙を堪えながらちらりと宏章へと視線を向けると、宏章は急に顔を真っ赤にして腕で口元を隠し、恥ずかしそうに視線を逸らした。
その様子が子どもみたいに可愛くて、桜那は胸がきゅんとしてしまった。
悲しんだりときめいたり、感情がジェットコースターの様に揺れ動いて、自分の感情についていくのがやっとだ。
宏章もまた状況を理解した途端、急に様々な感情が押し寄せてきて、自分の感情を整理するので頭が一杯だった。
……桜那が俺を?
宏章も今まで付き合った彼女は僅かながらいたが、それも学生時代のノリで、大して相手の事を知りもせず、ただ気が合うから付き合ってみるとかそんな理由だった。そのどれも宏章の控えめで自己主張しない性格ゆえに、つまらない奴だと飽きられるか、他に乗り替えられてしまうかのどちらかだった。
それでも自分の性格を考えたら、それも仕方ないと思うだけで大して執着もなかった。それゆえに、こんなに夢中になって気持ちが揺れ動いたのは初めてだったのだ。
桜那は上目遣いで宏章を見つめ、「ごめん、嫌だった?」と尋ねた。宏章は慌てて、「嫌じゃない!俺も桜那の事が好きだ!」とはっきり答えた。
……とうとう言ってしまった!
宏章は勢いとはいえ、こんなにはっきりと自分の感情を口にした事に、我ながら驚いていた。
その言葉を聞いて、桜那はパッと表情が明るくなり目を輝かせた。そして「嬉しい!宏章……大好き!」と言って、まばゆいばかりの笑顔を見せた。
宏章はもう堪らなくなり、すっと立ち上がると、顔を近づけて今度は宏章からキスをした。桜那はうっとりしながら宏章の首に腕を回し、ゆっくりと目を閉じる。
そしてお互いが生まれて初めて愛した人に愛されるという喜びで、心が満たされていたのだ。
2
桜那はしばらくキスの余韻に浸っていたが、次第にあそこがきゅんと疼きだし、思わずきゅっと股に力を入れた。宏章の首に腕を回したまま、恥ずかしそうに「このまま、したいな……」と言って顔を赤らめた。
宏章はまさか桜那からそんな事を言われるとは思っていなかったので、え?と驚いた。
実のところ、宏章の方が桜那以上に興奮していた。
股間はすでに固くなっており、下着に擦れて痛いくらいだ。このままここで押し倒したい程だったが、暴走するまいと何とか理性を保とうとした。
「いや、でも俺ゴムとか持ってないし……」
「心配しなくても大丈夫だよ。私ちゃんと定期的に性病検査もしてるし、避妊リングも入れてるから。撮影の時はゴムも付けてるし」
桜那は冷静に言い放った。
宏章は少しムッとしながらも慌てて、「俺が心配してるのは、そんな事じゃなくて……!」と言いかけると、桜那は「分かってるよ、ごめんね……」と済まなそうに言った。
そのやり取りで、二人の間に微妙な空気が流れてしまった。すると桜那が唐突に、「一緒にお風呂入ろっか」と言い出した。宏章はまたも、え?と驚くが、桜那はお構いなしに「じゃ、お風呂の準備してくるね!入浴剤も入れちゃお」と言って、楽しそうにバスルームへと向かった。
宏章が呆気に取られていると、また直ぐに戻ってきて「洗濯機使っていいよ。あとバスローブと歯ブラシ出しといたから。私、髪洗ったりするのに時間かかるから、呼び出し鳴ったら来てね!それまでテレビでも見て待ってて」と言って、またバスルームへと戻って行った。
……一緒に風呂なんて、どうしたらいいんだ⁉︎
宏章は挙動不審になりながら、とりあえずテレビを点けてみたが、ドギマギして全く内容が頭に入って来なかった。
セックスの経験はもちろんあるが、彼女と一緒にお風呂なんて入った事など無く、どうしたものかと頭を抱えた。
しばらく待っていると、呼び出し音が鳴って宏章は強くドキッとした。桜那に言われた通り洗濯機を回し、ふと股間に目を遣るとこれ以上ない程に勃起していた。恥ずかしさからドアの前でしばし立ち尽くしていると、桜那が痺れを切らしたのか、「宏章!まだぁ?」と大きな声で呼んだ。宏章はいよいよ観念して、股間を押さえながらそっとドアを開け、おずおずとバスルームへ入った。
桜那は湯船に浸かりながら、「おそーい!」と不満気だ。宏章は「ごめん……」と言ってバスチェアに腰掛け、すっと背を向けた。そんな宏章の様子に、桜那は「大丈夫だよ。そうなるのは普通だから」と呆れ気味に笑った。間髪入れずに「私のシャンプーとボディソープ使って」と言って、目を閉じてリラックスしていた。
宏章はこの余裕のなさに自分が情けなくなり、すごすごとシャンプーをし始めた。
ちらりと横目で桜那を眺めると、ピンクの入浴剤でデコルテから下は隠れており、それが却って想像力を掻き立てられて余計に興奮した。
メイクを落とした桜那は少し幼く見えて、その可愛さときたらもう堪らなかった。すっぴんでも肌がきめ細かく綺麗で、白い肌に頬がうっすらと紅潮しているのが、なんとも色っぽかった。
体まで洗い終えて、「入るよ……」とそっと足から沈める。桜那の向かいに座り、ふーっと息を吐いて、心を落ち着けるかの様にバシャバシャと顔にお湯をかけたのも束の間、桜那が宏章の胸を背に寄りかかって来た。
桜那の肌が触れて、宏章はもう心臓が爆発寸前だった。
「この入浴剤いい香りでしょ?私のお気に入りなんだ」
そんな宏章をよそに、桜那はなんだかとても楽しそうだ。宏章はこの蛇の生殺し状態にいよいよ耐えきれず、「桜那、俺もうのぼせそう……上がっていい?」と言うと、桜那は驚いて「え?今入ったばっかじゃん!もっとイチャイチャしたかったのに!」と不満気だ。
だが宏章があまりに顔を真っ赤にして言うものだから、「しょうがないなぁ、冷蔵庫に水入ってるから飲んでいいよ。私上がった後も時間かかるから、もうちょっと待っててね」とため息をついた。
宏章は助かったとばかりに勢いよく湯船から出て、「うん、桜那はゆっくり入ってて」とそそくさとバスルームから出て行った。
バスローブに袖を通し髪を乾かし終えると、ふといい香りがしてきた。ボディソープの香りだろうか?桜那の香りに包まれて、もういよいよと興奮は最高潮に達していた。
3
桜那を待つ間、宏章はリビングに戻りテレビを点けた。身体中が熱く、火照りを鎮めるため冷蔵庫から水を取り出し、勢いよく喉を鳴らしながら流し込んだ。
ふうっと一息ついて、何とは無しにテレビへ目を遣ると、バラエティに長谷川リュウが出ていた。
忘れかけていた不快な感情が、ありありと蘇る。
宏章はまたどす黒い不穏な感情に支配されそうになり、ブツッとテレビを消した。
その時「おまたせ」と言って、ちょうど桜那が笑顔で戻ってきた。宏章はタイミングよくテレビを消せた事に安堵して、桜那に向かって微笑んだ。
桜那は飲みかけの水に気付き、「私にもちょうだい」と言って、半分ほど残った水に口を付けた。
宏章はまた以前の様に、無意識に水を飲む桜那の口唇を眺めていた。
やや小ぶりな、ぷっくりとした口唇。
ついさっきその口唇にキスをしたのを思い出して興奮するのと同時に、長谷川リュウの顔が浮かんできて、怒りや憎しみ、愛しさと独占欲で心がぐちゃぐちゃに乱れた。
そんな宏章をよそに、桜那は幸せそうに微笑み、「ベッド行こ」と宏章の手を引いた。
桜那の手の温もりを感じて、宏章は心が癒されていくのと同時に鼓動が早く、強くなった。
ベッドルームへ入ると、桜那はベッドに腰掛け、サイドテーブルに置いてあったボディクリームを手に取って宏章へ手渡した。
「背中届かないから塗って」
宏章は「え?」と戸惑うが、桜那はするっとバスローブを上だけはだけさせて、ベッドにぽすっとうつ伏せになり、子どものように足をバタバタさせていた。
蓋を開けクリームを手に取る。
するとほのかにムスクの香りがした。桜那の滑らかな白い肌に伸ばすと、ムスクの香りが部屋中に充満して、宏章はその官能的な香りにクラクラとした。手から感じる肌の温もりも相まって、酔ってしまいそうだ。
桜那もまた宏章の温かい大きな手に触れられて、全身が疼き出した。いよいよ堪らなくなると、体をくるりと反し、宏章の首に腕を回してキスをした。
宏章は無我夢中で桜那の口唇を貪った。
桜那は下唇を吸われたり、息も出来ないほどに舌を激しく押し入れられて、冷たいものが太ももを伝ってくるのを感じた。
宏章の舌の動きに合わせて、桜那も舌を動かす。
口唇を離すと、唾液が糸を引いた。
宏章は桜那の胸に顔をうずめて、大きく息を吸い込んだ。ムスクの香りとも違う、肌そのものの香り。その香りを嗅いでいると、大量にドーパミンが放出されるような……まるで麻薬のような禁断の香りだ。
宏章はその香りにクラッと来ながらも、胸を鷲掴みして乳首を強く吸った。
桜那は体をピクっとさせて、「あっ!」と小さく吐息を漏らした。桜那の乳首が次第に硬く、だんだんと隆起してくる。
宏章は上目遣いで桜那の反応を確かめながら、舌先で乳首を弄んだり、指で強く摘んだりした。
桜那はそんな宏章の野生的な視線に、全身がゾクゾクして、頬を紅潮させて目を潤ませた。桜那は自分でも、あそこがじゅわじゅわと溢れ出ているのを感じていた。
宏章は桜那の足を開かせ、人差し指と中指をゆっくり挿入する。そして指を曲げると、いきなりピンポイントで桜那の感じる場所に触れてきた。
「……あっ!」
桜那はビクッと体をのけ反らせ、大きな声を漏らした。
宏章はその声に驚いた。
ビデオで何度も桜那の嬌声を聞いていたが、そんな声は初めて聞いたからだ。
中枢神経に直接語りかけるような甘い響き……宏章はその声が聞きたくて、その声のするところを探りながら指を動かし、何度も鳴かせた。桜那はその度に、歓喜の涙を流しながら甘ったるい鳴き声を上げ、もうおかしくなってしまいそうだった。
桜那は宏章の手首を掴んで動きを止め、息を荒げながら「もう来て……」と懇願した。宏章も脳内で反響する桜那の鳴き声に我慢ならず、足をガバッと開かせ、ペニスを割れ目に沿わせてゆっくり滑らせた。思った以上に濡れていたため、愛液で滑っていきなりするっと奥まで入ってしまった。
「んあっ!」
桜那は大きく声をあげて、体をビクつかせた。宏章は思わずふっと吐息を漏らし、中の温かさとあまりの気持ち良さで、わずか数回の動きで達してしまった。
宏章はものの数分の短い出来事に唖然とした。桜那も何が起こったの?といった感じで、きょとんとしていた。
だがもう気持ちも体も性的欲求が最高潮に達していた最中に寸止めされて、桜那は我慢がならず、へたり込んでいる宏章の股間に体をうずめてペニスを咥え込んだ。
「……っ!」
桜那の口腔内の温かさに、宏章は思わず吐息を漏らした。フェラをされながら挑発的な視線を投げかけられて、容赦なく快楽が襲ってくる。宏章はまたすぐに達してしまいそうになり、桜那の頭を両手で掴んで動きを止めた。
桜那は宏章の前で四つん這いになり、「後ろからして……」と懇願した。宏章は息を荒げ、挿入しながら覆い被さる。ぎゅっと抱きしめて肌を密着させると、桜那の中がきつく締まるのを感じた。
宏章はぶるっと震えながら体を起こし、桜那の腰を持って緩急をつけながら腰を動かした。
「ひゃあっ!……んっ!」
桜那は悲鳴に近い声を上げてよがった。
宏章はだんだんと腰を激しく動かし、ゾクゾクと脳天まで刺激が走り出した。
桜那が息もとぎれとぎれに、「宏章……顔が見たい……」と言うので、宏章は体勢を変えて再び挿入した。
宏章の顔を見るなり、桜那の中が再びきつく締まった。宏章が腰を激しく動かすと、桜那は「いやっ!イッちゃう!」と叫び、その瞬間宏章も絶頂を迎えた。桜那の中でドクドクと波打つのを感じ、宏章は脳にスーッと清涼感が溢れて気を失いかけた。
すべてを出し切り、ゆっくりペニスを抜いた途端ハッと我に返った。精液を溢さないように、ベッドサイドのティッシュを手に取り、慌てて桜那の陰部を抑え優しく拭った。その優しい手つきに、桜那はきゅうっと胸が熱くなった。
拭き終えると、宏章はふうっと一息ついて桜那の上に覆い被さるように倒れ込んだ。
桜那は宏章の肩に腕を回して、ぎゅっと強く抱きしめ「愛してるよ……」と耳元で囁いた。
宏章は顔を上げて、桜那の顔を覗き込んだ。
桜那は目を潤ませながら、慈愛に満ちた笑顔を浮かべていた。宏章は溢れる愛しさを押さえきれず、優しく口付けし「……俺も愛してるよ」と囁いた。
桜那は宏章の肩越しに、薄暗い天井をぼんやりと眺める。世界で二人きり……二人だけの宇宙だ。桜那はゆっくりと瞼を閉じた。そして二人は抱き合って、充足感に満たされながら眠りについたのだった。