テラーノベル
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宿泊施設の裏手にある人気のない浜辺で、エリアスと向かい合う。
いつも儚げな笑顔を浮かべているエリアスだが、今は神妙な面持ちで、どことなく距離も取られている気がする。
「エリアス殿下、何のご用──」
「っごめん!」
用件を聞こうとしたルシンダに向かって、エリアスが勢いよく頭を下げる。
まさか謝罪されると思わなかったルシンダは慌てて声をかけた。
「あの、顔を上げてください……! 私、エリアス殿下に謝られるようなことはされていません」
「いや、僕は酷いことをした。肝試しの夜、君が両親を蔑ろにしているようなことを言ってしまった。事情も知らないのに勝手なことを言って申し訳ない。君を傷付けてしまったことを本当に後悔している」
頭を下げたままそう語るエリアスに、ルシンダが歩み寄った。
「エリアス殿下、どうか顔を上げてください。……誰かに私の家のことを聞いたんですか?」
「……ああ、人から聞いた」
エリアスがゆっくりと頭を上げる。
「気遣ってくださってありがとうございます。たしかに、エリアス殿下の言葉を聞いてショックは受けましたが、エリアス殿下の言葉に傷付いたわけではないんです」
そう、エリアスに傷付けられたとは思っていなかった。
彼の言葉で、心の根深いところにある思いに気付いてしまっただけだ。
「これは私の問題なので、エリアス殿下が気に病まれる必要はありません」
「……ありがとう。でも、失言だったのは事実だ。本当にすまなかった」
エリアスの態度には、心からの後悔がにじんでいた。
「エリアス殿下はお優しいですね。私こそ、エリアス殿下がお母様を大切にされていたのを知っていたのに、無神経なことを言ってしまって申し訳ありませんでした」
「いや、それこそ君が謝ることじゃない」
「ありがとうございます。では、昨日のことについては、お互いに気にしない、ということにしませんか?」
「……分かった」
やっとエリアスの表情が和らいだのを見て、ルシンダは安心したように微笑んだ。
朝の爽やかな潮風がルシンダの長い髪をさらっていく。
青い海を背景にきらきらと輝く美しい亜麻色の髪に、無垢で清らかな笑顔に、エリアスは思わず目を奪われた。
「……君が聖女になった理由が、分かった気がする」
ぽつりと口にしたエリアスの呟きをルシンダが聞き返したが、エリアスは教えてはくれなかった。
「──ところで、ルシンダ嬢は『ミイラ取りがミイラになる』ってどういう意味か知ってる?」
「えっと、たしか、説得しようとしていた人が逆に説得されてしまう、みたいな意味だったと思いますけど……」
つい説明してしまったが、『ミイラ取りがミイラになる』は前世のことわざで、この世界で使われているのは聞いたことがない。それをなぜエリアスが知っているのだろう。
ルシンダの説明を聞いたエリアスが、困ったように微笑む。
「……なるほどね。ミイラになるつもりはなかったんだけどな」
「え?」
「いや、ミア嬢は予言の力があるのかもね」
「……??」
まったく意味が分からず戸惑うルシンダの手をエリアスが優しく握る。
「じゃあ、帰りの支度もしないといけないし、そろそろ戻ろう」
「あっ、そうですね」
手を繋いだまま浜辺から遠ざかっていく二人を、榛色の鋭い目がじっと見つめていた。
◇◇◇
臨海学校から帰宅すると、玄関ホールでクリスが出迎えてくれた。
「ただいま帰りました」
「おかえり、ルシンダ」
「お兄様、昨日はありがとう……きゃっ」
昨晩のお礼を伝えようとしたルシンダを、クリスが突然抱きしめる。
「ルシンダ、大丈夫か? 昨日は何があったんだ? 誰かに何か言われたのなら、ルシンダを泣かせた奴を僕は許さない」
どうやら、昨日の夜からずっと心配してくれていたようだ。
クリスの気持ちが嬉しい反面、エリアスが関わっていると知られたら面倒なことになりそうで気が引ける。
「心配をかけてしまってすみません。昨日も話を聞いて慰めてくれて、ありがとうございました。お兄様のおかげでずいぶん落ち着きましたし、誰かに泣かされたわけではないので大丈夫です」
そう言ってクリスの広い背中に手を回せば、少しひんやりとした手がルシンダの頭を優しく撫でた。
「それならよかった。……慣れない場所で疲れただろう? お菓子とお茶を用意させるから、着替えておいで」
「ありがとうございます。あとでお部屋に行ってもいいですか? 臨海学校であったこととか、いろいろお話したくて……」
「ああ、もちろん。待ってるよ」
「はい、ではまた後で」
背後からクリスが向ける切ない眼差しには気付かぬまま、ルシンダは部屋へと続く廊下を歩いていった。
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